【小説】機動戦士ガンダム00S 第二話

  第二話/すれ違う意思


 ソレスタルビーイングの演説から、三日が過ぎた。
 沙慈・クロスロードは、学区のとあるカフェテラスで一人の少女の到来を待っていた。ルイス・ハレヴィ――沙慈のガールフレンドである。
 約束の時間まではまだあるが、いつもの事ながら時間にルーズ――と言うよりはマイペースだと言うべきだろう――なルイスの事だ、時間通りに来るとは思えない。それまで、沙慈は特に何もすることなく一人思いにふけっていた。
 あの演説を行った、ソレスタルビーイングと名乗る私設武装組織――彼らの目的が、沙慈にはとてもではないが理解できなかった。戦争行為に武力による介入を行う――そんな行動に何か意味があるのか。自分達のメリットは考えない――そんな組織が果たして成り立つだろうか。個人で動くならばまだ解る。その思想を理解できるかどうかは別としても、個人でなら個人で勝手にやればいいが――これは個人活動ではない、組織を挙げての行動だ。組織という事は、少なからず多数の人間がその思想に賛同し、協力を行っていると言う事だ。
 ならば――それら組織に加担している人々は、その思想の意味、行動理由を理解できているのだろう。正しいかそうでないかは関係ない――あくまで自分が納得できるかどうか程度のものであったとしても、理解できるのならば、ソレスタルビーイングという組織に参加する、その意味は沙慈にだって理解できるかもしれない。
 しかし、そうではない。沙慈には理解できないのだ。そのような――武力によって戦争行動に介入すると言うような行為に、何か意味があるのか、それが――沙慈には解らない。どれだけ悩んでも、どれだけ考えても――まったく理解に及べない。自分の思慮深さは平凡なりに持ち合わせていると自負しているが、こればかりは本当に理解できなかった。
 結論なんて出ないまま、沙慈はこうして今までと変わらない生活を営んでいる。学生として、一人の少年として――この経済特区・日本で生きている。
 だが――変わらないのは自分ぐらいなのかもしれない。少なくとも、沙慈自身をとりまく環境は、何かが変わりつつある――
「……フレデリカさん、今日もいないな。もうあれから三日会ってない。どうしたんだろう……学校にも顔を見せていないみたいだし――」
 彼の学友――同じ高校に通っていた杏莉・フレデリカと言う一人の少女が、急に行方を眩ましてしまった。自分やルイスは同じ学年の友人としてたびたび――というか、ほぼ毎日のようにこのカフェテラスで一緒に食事をした。だが、どうしたのか、ここ三日間まったく姿を見なくなった。昨日の時点で少しおかしいと思った沙慈は、彼女の学区へ向かい、適当な生徒に聴いたが――行方不明。教師さえいなくなった理由が解らないらしい。これ以上詮索はしていないが、恐らく学校に連絡さえ届いていないと見て間違いない。
「お待たせ致しました、アイス・カフェオレとサンドイッチのセットでございます」
 沙慈の目の前に、唐突に食事が運ばれてくる。注文していた昼のセットだった。隣を見やると、綺麗なエプロンドレスを着たウェイターの女性が、にこりと微笑んでいた。
「ありがとうございます。……あ、もうすぐ連れが来ると思うので、これと同じやつ、あと十分後にもうひとつ、お願いできます?」
「アイス・カフェオレとサンドイッチのセットをもうひとつ、十分後でございますね。かしこまりました――では失礼致します」
 それだけ言い残し、エプロンドレスのウェイターはその場から去っていった。
「……なんていうか、時代錯誤な格好だなぁ。ここは基本的に服装は自由だし、別に文句は言われないんだろうけど――あの丁寧過ぎる応対とか、プロ……って感じ。うん、悪くはない、かな……」
「なーにが悪くはないのかなー、クロスロードくぅん?」
「え? あ、うわぁ!」
 一人呟いていた最中、突然沙慈の後ろから聞き覚えのある声が聴こえた。
 沙慈は驚いて後ろを振り返る。
 ルイス――ではない。彼女は――
「……、フレデリカ……さん?」
「ん、そうだよん。誰もが認める美少女、杏莉・フレデリカちゃんなのです」
 長い黒髪をさらりと靡かせ、いつも通りの活発そうな服装にミニスカート――間違いなく、それは沙慈の知る通りの――杏莉・フレデリカ、本人であった。
「び、びっくりしたよ……! どうしたんだいフレデリカさん、ここのところ学校ずっと休んでたみたいだったから、僕もルイスも心配して――」
「え、ホント? 心配してくれてたんだ、クロスロード君。それにルイスもねえ……ふうん。あ、サンドイッチおいしそーっ! あたしも食べたいなー」
「え? あ、うん。ひとつぐらいならいいけど……」
「やったぁ! 杏莉ちゃんは嬉しいよ。それじゃ遠慮なく、いっただっきまーす!」
 沙慈は急に現れた台風のような彼女を見つめながら、一番楽しみにしていたハムタマゴサンドを一口でパクりといかれ、思わずあっ、と声を出しそうになっていた。
 これが……杏莉・フレデリカだと言うのか。いや、確かに彼女自身に違いはないんだろうけど――何かが、変じゃないか? 沙慈はうっすらと浮かぶ疑惑の念を胸に抱きながら、しばらく様子を見る事にした。
「それにしても、あれってメイド服だよね? あはは、あたし初めてみちゃったよ。うーん、もうなくなった文化だとばっかし思ってたけど、解る人間には解る良さ――ってやつ? ねえ、クロスロード君も解るでしょ? さっき悪くはない、とかなんとか言っちゃってたし」
「えっ……いや、僕は服装の事じゃなくて、ああ言う接客態度っていうか――」
「ホラホラ言い訳しない見苦しい、そんなだからルイスの尻に敷かれちゃうんだよー。あのねー、ああ言うタイプってのはねー、もっとこう、強引にいくべきなのだよクロスロード君。解るかね?」
「は、はあ。わか……るような、解らないような」
 実際、ルイスのマイペースな性格にどれだけ振り回されているのか――沙慈自身、それとなく自分で理解はしているつもりだ。そこは特に反論する気はないけれど――だけど、今はそれどころじゃない。問題は、まったく別の部分にある。
「……そんな事より、フレデリカさん。さっきの答えを聞かせてよ。僕だって心配はしていたけれど――ルイスは凄かったんだ。本当に君の事を心配していた。だから、どうして今まで休んでいたのか、教えて欲しい」
「んー、こうして戻ってきてるんだし、もうよくない? 心配させちゃったのは悪かったよ、うん、ごめん――」
「フレデリカさん」
「……あはは。怖いねえ、クロスロード君。あたしに対してはそうやって強気になれるなんて、なんだかズルくない?」杏莉・フレデリカはとぼけたような態度から、一変――真面目な、今までに見た事もないような表情になって、「……いいよ。ちょっとばかし早すぎる気もするけど、本題に入ろっか」
「本題……?」
「うん、本題。……もう知っているとは思うけど――クロスロード君、あの演説放送は、見たよね?」
 演説放送――ソレスタルビーイングのあの声名の事だろうか。特に他に思い当たる節はない――沙慈は言葉の代わりに首を縦に振った。
「単刀直入に言うよ。あたしは今、仲間を探してる」
「仲間?」
「そう。文字通り、共に同じ道を歩む仲間を――ね」


  ◆


 ルイス・ハレヴィは、予定より少し遅くなってしまった――と言う事を本人はあまり気にしていない――が、ほぼ予定通りと言っていいだろう、学友でありボーイフレンドである少年、沙慈・クロスロードとの待ち合わせ場所であるカフェテラスに到着していた。
「沙慈はどこにいるのかなーっと」
 辺りを見回す。ウェイターや客が大勢いるこのカフェテラスで、一人――しかも結構地味な少年とも言える沙慈を探し出すと言うのは、普通では難しいだろう。だが、ルイスは特別時間を掛ける事もなく、すぐに沙慈の姿を見つける事ができた。テーブルに肘を付き、両手を組んでそこに頭を乗せて――何かを考えているのだろうか?
 ルイスは少し不思議に思いながら、そっと、気配を隠して沙慈の後ろまで近寄った。
「――んな、有り得ない。それは違うよ、間違ってる……」
 沙慈は一人、何かを悩むかのように独り言を呟いていた。
 これまで深刻そうな彼の姿を見るのは、ルイスにとっては珍しい事だった。何があったのか気になる――だが、何故か声を掛けられない。沙慈の周りだけ、暗い空気が漂っているかのようなプレッシャーを感じる。
「無理だ……そんなの無理に決まってる。それにやったって無駄でしかない……それはただの勘違いだよ、フレデリカさん……!」
「フレデリカ……?」
 予想だにしない名前が沙慈の口から聴こえたからか、ルイスは咄嗟に声を上げていた。それに気付いた沙慈は、背後にいるルイスへと顔を向ける。
「……? ル、ルイス――いたの……いつの間に?」
「あっ……ごめん、沙慈。別に立ち聞きするつもりはなかったんだけど……それよりフレデリカって、あの杏莉の事でしょ? もしかしてあの子と会ったの?」
「ああ……」沙慈は何かを思い出したのか、顔を背けて右手を額に当てた。「うん、会ったよ。ついさっき――五分も経たないくらい前に、席を立ってどこかに行っちゃったけれど……」
「そうなんだ。あの子、何か言ってたの?」
「いや……ううん、なんでもない。でも、とても元気そうだったよ。心配していたこっちが損したって思えるくらい、凄く……」
「沙慈……?」
 いつもとは確実に様子のおかしい沙慈の姿に、ルイスはどうしていいのか解らず、ただ黙って彼の対面の席に腰掛ける。
 こんなとき、自分はどう接したらいいだろう――元々物事を深く考えない性格のルイスは、余計に解らなくて――それなら、もう悩む意味なんてない。ただ私は、いつものように振舞えばいい……そう心の中で割り切ったルイスは、ふと思いついた言葉を、まるで独り言を呟くように――言った。
「もう、杏莉ってば連絡もなしに何してたのか知らないけど――元気なら、私はそれでいいかな。だって、杏莉には杏莉の人生があるじゃない」
「人生?」
「うん。私と沙慈にもそれぞれ自分の人生があるでしょ? この世界のどこかで戦争をしてる人達にもあるし、あのボランティアの人達にだって――」
「あれはボランティアじゃない……ただのテロリストだよ、ルイス」
「うーん……でも、その人達にだってきっとそれぞれの人生があるよ。自分の人生って、自分でそうしたいって思うから作り上げられるものじゃない?」
「自分で……?」
「そっ。だから杏莉も今、きっと自分がしたいと思ってる事をやってるんじゃないかなって思うの。だから――心配はしてたけど、無事に元気でやってるんだったら私はいいかなって。沙慈も、そう思うでしょ?」
「自分で、選んだ……自分だけの人生、か――」
 ルイスが何気なく語った言葉が、少しは届いたのだろうか。
 沙慈の表情は先程よりは多少柔らかくなっていた。一人で何かを背負い込もうとするような、そんな暗い雰囲気はもうない。ルイスはほっと心の中で胸を撫で下ろす。
「――でも」
 だが、そんなルイスの心境を知らず――沙慈は、まるで何かを恐れているかのような、拒絶しようとしているような表情で、言う。
「それがもし、間違っている事だとすれば――それは、許される事なのかな? あの放送で流れてる演説を行った組織の人達だって、それが許されない事だと解っていてやってるのだとしても――理解しているのだとしても、それを実際に行うと言う事は、きっと間違ってる。それを間違っていると言って、間違いを正してくれる人間がいないなら――その間違った人間は……きっと悲しいよ」


第二話・完
>第三話に続く