【小説】機動戦士ガンダム00S 第三話

  第三話/自らの正義


「こちらゼロワン、これより行動を開始する――」
 通信機を片手に、ユニオン兵士の格好をした一人の男が、通信機の向こう側へと呟いた。
『了解。ゼロツーと合流後、各自予定ルートより目標へと接触せよ」
 通信機の向こうから聞こえてくるのは男とも女とも取れない、機械音声。
「ゼロワン、了解」
 通信を終了する。ゼロワンと名乗った男――顔付きを見る限り、まだ若い青年のようだ――は、周囲を見回す。
 辺りに人はいない。
 この機を逃す手はない――ゼロワンは気配を押し殺しながら、誰に見つかる事のないように細心の注意を払いつつ、目的の場所まで一気に駆け出した。


  ◆


『ねえクロスロード君。正義、って……何なのかな?』
『正義……?』
 カフェテラスの隅にあるテーブルで向かい合う二人――杏莉・フレデリカと沙慈・クロスロード。唐突に杏莉が放った、「仲間を探している」と言う言葉。沙慈は何の事なのかまったく分からないまま、彼女の話に耳を傾けていた。
『そう、正義。良く言うじゃん、正義の味方だとかさー。あたし的にはね、そんなのはただの個人の持つ主観だと思ってる』
『……何が言いたいの? フレデリカさん』
『例えばさ、悪い奴を倒せば正義の味方なわけ? その悪い奴が確かに悪い事をしていたとして、その悪い奴を殺せばそれで解決――そんなやり方をするのを正義の味方と認めるのなら、やっぱりそれはおかしいと思わない? だって、やってる事は結局、暴力による一方的な解決じゃない』
『フレデリカさん、君は何を……』
『それを正義と思う人もいればそうでない人もいる。結局は個人個人の主観よね。だったらこの世でもっとも正しいものって、何なんだろーね?』
『それは……』
『あの演説を行ったソレスタルビーイングって武装組織も、結局それとおんなじ。自ら正しいと思う義を行っているだけに過ぎない。正しいとも思わない人たちが、ああも動くわけはない――それぐらい、クロスロード君にも分かるでしょ?』
 そんな杏莉の問いかけに、沙慈は無言で頷いた。
 確かに、自分が正しいと思えなければ――あんな組織は成立しない。正しいと思い、実行しようとする者たちが集まって出来たのが、あのソレスタルビーイングという組織なのだろう、そこまでは沙慈にだって理解出来ている。
『あたし、仲間を探してる……って言ったよね。ここ数日間はずっとそれだけに時間を費やしてきたの。学校さえサボってさー。……うん、我ながら思い切った行動力だとは思うけど――結果、どうにかなりそうなのよね』
『え……?』
『クロスロード君は見てみたいと思わない? ソレスタルビーイングが作り出す世界――彼らの行動によって変わっていくこの世界の行く末を。少なくとも、あたしは見てみたい。
だから――どうせなら、一番間近で見たいと思ったわけ』
『……フレデリカ、さん?』
『現時点で集まった仲間は、非戦闘員含めて三十一人。モビルスーツを操縦できる戦闘員のみだと十三人。さらに軍籍を持つ人間だけだと五人。これだけの人材が、たったの三日であたしの元に集まってきた。……これは偶然なんかじゃない。この世界には、ごく僅かにでも、あたしと――あのソレスタルビーイングと同じ思想を持つ『仲間』が、確実に存在している』
『まさか……』
『そう。あたしの……ううん、あたし達の目的は――』
 杏莉は立ち上がり、沙慈を見下ろすように、


『――ソレスタルビーイングへの接触。そして……組織への参加と協力、だよ』


  ◆


「おーっす、おはようございまーす。おやっさーん、いますかぁー?」
 長い黒髪を靡かせた少女、杏莉・フレデリカは、工場地区にあるひとつの格納庫のような場所へとやってきていた。中は薄暗い――が、その空間の広さは目に見えなくとも分かる。
「……ありゃ? いるはずなんだけどなー。おーい、おやっさーん!」
 杏莉は薄暗い空間の中を手探りで歩み進む。ここへ来るのは初めてではないが、明かりがついているところを見たことが一度もない彼女にとって、それなりに慣れない場所である事に変わりはない。暗闇が怖いという感情はないが、何とも行き場のない不安感が押し寄せる。
『……ちら、……ロワ……。応……願う――』
「おっと。ワンちゃんから連絡かな?」
 杏莉は、肩に提げている鞄から、ひとつの通信機のようなものを取り出した。
「――こちらオペレーター。ゼロワン、状況を報告せよ」
『こちらゼロワン。ゼロツーと合流し、ユニオン軍基地にて各自フラッグ二機を強奪。まだ気付かれてはいないようだが、恐らくもう時間がない。ここからの作戦説明を乞う』
「順調、と言ったところか。さすがだゼロワン。……それではこれからの作戦内容について説明する。ゼロツーとの回線を開け」
『回線をつないだ場合、通信を傍受される可能性があるが?』
「構わない」
『了解。これよりゼロツーとの回線を繋ぐ――』


  ◆


「……なんだって? 第三格納庫に侵入者!?」
「フラッグ二機を強奪しやがった! 俺達にも出撃命令が出てる!」
「くそっ、こっちは忙しいってのに!」
 ユニオン軍基地――命令を受けた兵士達がそれぞれに部屋を駆け出していく。たった先程帰還したばかりであるグラハム・エーカーは、状況が掴めないまま彼らの背中を見送っている。
「……何事だ、これは?」
「どうやら侵入者が出たみたいだね。第三格納庫からフラッグが二機、奪われたらしい」
 グラハムの隣に立つ青年――ビリー・カタギリが答える。
「しかし、おかしな事もあるものだね。この基地に配備されているフラッグをこうも容易く強奪だなんて。これは……内部分裂でも起きたかな?」
「裏切り者が出たというわけか……、ふむ。誇り高きユニオンの兵士ともあろうものが、どういった理由でそのような行動に出るのかは理解に苦しむが……面白い。少し、灸をすえてやる必要がありそうだ」
「おいおい、君はさっきガンダムとやり合ったばかりだろう。あまり無茶は――」
「なに、別に大したことではない。自分のカスタマイズ機が使えないのは口惜しいが――裏切り者相手程度であれば、ノーマルで問題ないさ。ガンダムを相手にする事に比べれば、な」


  ◆


「……お嬢ちゃん。始まったのか」
「うわ、おやっさん! いたなら早く出てきてよぉー」
 ゼロワン、ゼロツーとの通信を終えた杏莉の元へ、一人の中年男性が姿を現した。アルベール・エイフマン。杏莉は『おやっさん』と呼ぶ――彼女の仲間として唯一のメカニック、技術提供者である。
「ギリギリまでOSの調整をしておきたくてな。出て行こうと思った時には通信中だったようだし、終わるまで待っていたのさ」
「そ。……で、どうなの?」
「ああ、問題ない。完全とはいえないが、九割は性能を発揮できるはずだぜ」
「オッケー。ありがと、おやっさん。……それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「……本当に、これで良いんだな?」
「やだな、もう道を選ぶ段階は踏み越えちゃったよ。大丈夫、きっとなんとか出来る」
「そうか。……よし、こっちへ来い」
 杏莉はアルベールにつれられるように、格納庫の奥へと歩みを進めていく。薄暗い空間から真っ暗な空間へと進むにつれ、自らの身体さえ視認できなくなる。
「ここだ。止まれ」
 アルベールがそう言うと、カチリ、という音と共に格納庫がたちまち光で満たされた。
「……え?」
 そこに――何かがあるわけでは、なかった。
 杏莉は辺りを見回すが、格納庫内部はがらんとしている。
「まあ、見てな。お嬢ちゃん」
 アルベールが何かの機具のようなものを取り出し、何もないはずの空間に向けた。
「こいつが――この俺の最高傑作だ」
 瞬間、杏莉は我が目を疑った。
 何もなかったはずの空間に、突然――モビルスーツが姿を現し始めたのである。頭部から下へと、まるで最初からそこにあったかのように。その機体はどこかユニオンのフラッグに似ていたが、色は白く、形状も部分部分が違うようだった。
「これは……」
「こいつが、俺がユニオンフラッグを改良してカスタムした機体――『フラッグ・S《セラフィム》』だ。見ての通り完全にその姿を消すことの出来る機能、『MCS装甲』を搭載している。ただし装置の関係上、起動時間が他のフラッグより少ないのが問題だが――一度展開してしまえばいつでも逃げ切れるだろう」
「フラッグ、セラフィム……。すごい……、これならあたしでも――」
「ただし、あくまでこの機体に武器はないぜ、お嬢ちゃん。あんたの役目はあくまで『指揮官』だ――そいつを忘れるな」
「……うん、分かってる。ありがとう、おやっさん
 自らの専用機――『フラッグ・S』を見上げながら、杏莉は思う。
(ここまできた……あとはやるだけだよ、杏莉・フレデリカ……。今回のこの作戦の成否で、あたし達のこれからが決定するんだ……)
 杏莉は決意を固め、『フラッグ・S』のコクピットへと向かう。コクピット部分から垂れ降りた搭乗用ロープに捕まると、そのままロープが上昇を開始。コクピット外部に到達すると、杏莉はごくりと息を呑んだ。
(失敗すれば全てが終わる……。成功しても、これであたしはれっきとした犯罪者――落ち着け、落ち着け……杏莉・フレデリカ……!)
「……お嬢ちゃん、どうした?」
「な、なんでもないよ。あはは」
 杏莉はそれだけ応えて、コクピット内部へと乗り込んだ。モビルスーツの搭乗は初めてではあるものの、基本的な操縦方法などは基礎授業として受けている。それに、授業云々を抜きにしても――モビルスーツの操縦なんてものは、彼女にとってさほど難しいことではない。
 コクピット内部には、黒を基調としたパイロットスーツ一式が置いてあった。アルベールが用意したものだろう。杏莉はそれを手に取った。
(そうだ……。あたしは、あたしの信じる『正義』を行う。その為に、それだけの為にこれだけのことをしでかした……志を同じくする仲間も集まった。そうだ……あたしは何も間違ってなんかいない。これからなんだ。ここから……全てが変わる……!)
 パイロットスーツを着用し、モニターを展開。コクピット内部から周囲の景色が覗える。
 ふと見下ろすが、そこにアルベールの姿はない。
「あれ、おやっさん……?」
『開けるぞ、お嬢ちゃん! MCSを展開しろ!』
「え、あ……了解!」
 瞬間『フラッグ・S』の機体が姿を消していく。周囲の景色と同調――『MCS装甲』が展開する。同時に、格納庫の天上がゆっくりと開いていった。
『……死ぬなよお嬢ちゃん。俺達のリーダーは、あんたなんだ。あんたがいなくなれば、こんな寄せ集まりのチームなんてすぐに無くなるのは目に見えてる。だから、絶対に生きて戻って来い……!』
「あはは、責任重大だな。……うん、大丈夫。あたしは死なない。死ねないからね」
『フラッグ・S』が起動する。動力源となるプラズマジェットエンジンが唸り、背部、腰部にあるエンジンが火を噴く。
「杏莉・フレデリカ――セラフィム、行くよ!」
 杏莉は意を決し、天を見上げた。



/第三話・完
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