機動戦士ガンダムNT ―戦乱の予兆― 1

 漆黒に包まれ、音もない真空の宇宙《そら》に、ひとつの光が迸《ほとばし》る。その光はまっすぐに白い閃光を走らせ、遠く離れた位置にあるモノを貫く。バーニアを噴かせ、加速を続けていた筈のモノは、内部から一気に爆散――瞬間的な眩しい輝きに包まれた。
 一瞬にして収まった爆発の光は見る影もなく、ただそこに残ったのは爆砕したモノの破片だけ。中には人もいたのだろうが、これだけ派手に発破してしまったとなると、その生存確率は極めて低いだろう。
 爆破されたモノ――通称『モビルスーツ』と呼ばれる、人型機動兵器――その機体を遠くから貫いた光の発射源、それもまた別のモビルスーツが所有する『ビームライフル』と言う名称の武器である。
 ビームライフルを構えていたモビルスーツ――その内部に乗り込んでいるパイロットは、目標への直撃を確認し、ほっと一息、肩にかかっていた緊迫感を解いた。しかし、身体の緊張を緩めても、その思考は鋭く研ぎ澄ませたまま、目線だけを目先にある中央のレーダーシステムへと向け、周囲に他のモビルスーツの反応がない事を確認する。
「周囲に熱源反応なし、機体状況オールグリーン、と。良し、なんとか追っ手は全て撃破したようね」
 そうパイロットが発した声色は女性のそれだった。彼女がヘルメットを外すと、黒く艶やかな長髪が無重力コクピット内を靡《なび》くように広がり、同時にヘルメットの中で溜まっていた汗が飛び散った。
 肌は白く、瞳は髪と同じ黒。見る限り、東洋系の綺麗な顔付きをした女性――その名を戒桐《かいどう》レイカと言う。レイカは機体内部に取り付けられたポシェットを開き、その中からチューブ型のドリンクを取り出した。それを一気に飲み干すと、無重力状態のコクピット内へとがさつに放り捨てる。
連邦軍の進めている極秘プロジェクト……その一角を担う、核融合炉搭載型モビルスーツ――コードネーム『GUNDAM《ガンダム》』、その二号機。まさか、これほどの性能を持っているだなんて……」
 彼女、戒桐レイカは生粋のプロの傭兵である。とある組織からレイカが受けた依頼は『連邦軍・新型モビルスーツの奪取』であり、今この瞬間、彼女はその依頼を遂行している真っ最中であった。
 月面に存在する連邦軍の兵器工場に偽装・侵入し、見事モビルスーツを奪取する事に成功したレイカは、逃走しながらも追跡してくるモビルスーツを全て撃退。時間にして六時間半にも及ぶ単独航行の末、ようやく連邦軍の追っ手を撒く事に成功した。
 しかし、彼女が何より驚くのは、この新型モビルスーツの性能である――勿論、初見でここまで機体を動かす事のできたレイカ自身にも目を見張るべきところはあるのだろうが、彼女にとってそんなものは些細な事でしかない。本来、六時間半もの間、戦闘行動を行いながら機体を稼動させ続けると言うのは、モビルスーツにとって到底不可能な話なのである。
 だが、それをこの機体――『ガンダム』はやり遂げてしまった。核融合炉の開発は耳にしていたし、それがどれ程の結果をもたらすのか大体の予測ができていたレイカにとっても、それを実感するとしないのとではまるで違う。長年――と言っても、まだ彼女は二十代なのだが――培ってきた経験、自分の持っていた常識をぼろぼろに覆された感触。それと同時に、このような機体が世に生まれ出でてしまった事への恐怖感が、レイカの手を小刻みに震わせた。
「……まったく、怖いわね。三号機は破壊してきたけれど、まだ一号機が残ってる。それに、もしかしたら四、五号機と後続機が存在するかも知れない。こんな馬鹿げた性能を持った機体を、連邦軍が本格的に実戦投入したらどうなるか……考えるだけで寒気がしてくるわ」
 自動操縦モードで、目的地である合流ポイントまで向かう『ガンダム』。そのコクピットの中で、無限に広がる暗黒の空をモニター越しに見つめながら――レイカは呟き、深い溜め息を吐く。
 この仕事が終われば、レイカは晴れて傭兵を引退できる。もう二度とこんな危険な目に合わなくて済む。戦争とは縁の薄い遠く離れたコロニーに移住し、平和な毎日を送れるようになるくらいの報奨金が、この依頼には懸けられているのだ。
 当たり前と言えばそうだが、連邦軍の軍事工場から最新鋭のモビルスーツを盗み出すなんて行為、普通の人間には到底できやしない芸当である。そんな無理難題でさえやり遂げてしまえる程、戒桐レイカと言う傭兵の持つ能力はズバ抜けていた。
 今日――この六時間半だけで、恐らく三十以上のモビルスーツパイロットの命を奪ってきただろう。だが、その事にレイカは何も感じたりはしない。戦争と言う世界に、傭兵と言う存在として身を置いてきた彼女の感覚など、とうの昔に麻痺していた。
「合流ポイントまではまだ遠い……計画では半日かけるつもりだったから、これでも速い方ではあるけれど。今のペースで航行していれば……あと二時間と言ったところかしら」
 全ては確かに計画通り――レイカにしてみれば少し順調過ぎたのだが、仕事が上手く進んでいる事に対しての懸念は特にない。この『ガンダム』と呼ばれる機体性能への驚きは隠せないが、これも想定の範囲内ではある。元々、輸送艦なしでのモビルスーツによる単独航行でこれだけの距離を移動するのは無謀だが、横流しされている――不確定ではあるが――数の多さから信憑性の高い情報と、信頼できる情報屋からの提供されたデータを眼光紙背に徹する限り、『ガンダム』と言う機体の持つスペックならば、こんな無茶も平気で成し遂げてしまえると思わしき結果には事前に至っている。
 だが、それは核融合炉と呼ばれるエンジンを搭載していると言う結果から来る「長時間の単独行動を可能とする」部分に目を見張る事で得た結論であって、レイカは『ガンダム』単体の戦闘能力を注視してはいなかった。武装も、他の機体でさえ滅多にお目にかかれない『ビーム兵器』を装備している事も情報にはないものだった。
 モビルスーツは戦争におけるただの消耗品だと言うのがレイカにおける常識であったが、今の彼女にとって、この『ガンダム』はそんな常識をも覆してしまう驚異的なスペックを持ったモビルスーツだと確信していた。量産こそ安易にはできないだろうが、今日だけで三十以上ものモビルスーツを単機で撃墜したこの機体――それが実戦投入されれば、間違いなく連邦はこの戦争の終幕を勝利で飾ってしまうだろう――あまり考えたくはないが、そう予測せざるを得ないと言うのがレイカの正直な心境であった。
 レイカはそんな事しか考えられない自分の思考が嫌になりながら、その細い眉をひそめた。溜め息を吐きながら首を回し、その両手で長い艶やかな黒髪を纏め、膝の上でふわふわと浮いているヘルメットを取って被った。
「……ハイ、いやな考察タイムは終了。この機体なら多少無理しても問題ないだろうし、さっさと合流地点まで加速して―――」
 途端、レイカが戯言のように呟いていた言葉が途切れる。
 その原因は、コクピット内部に設置されている索敵レーダーに映し出された一つの赤い光――。
「なっ……、敵? うそ、一応こっちだって自動操縦でもそれなりの速度で航行してるはずなのに……!」
 レイカは声を荒げながら、点滅する赤いマークを凝視する。そこには識別の為の文字が映し出され、『G』と言うアルファベットに『1』と言う数字が並んでいた。
「『G』……『1』……。まさか、このスピード……ガンダム!?」