機動戦士ガンダムNT―覚醒の宇宙― プロローグ

 これはあくまで、例えばの話に過ぎないけれど。
 人間の思考、想像、感情といった物理的ではなく精神的なものを、自分を自分で感じるのではなく、他人を自分で感じることができるのだとしたら。
 テレパシー、なんて大層なものを取り上げるわけではない――それはあくまでオカルトの専門分野だし、別にそういった話を取り上げるつもりなんてないのだ。ただ一種の感覚として、他人の意思を受け止められるということ――人間同士が触れ合い、同じ空気を得ている時の、ある感触。張り詰めたような重いものや、なんとなく相手が何を考えているのかわかる――そんな、物理ではなく精神で語るべき状況と言うものは、少なからず誰しもが幾度となく経験しているはずである。
 だが、それは、あくまでその人物の近くにいることで感じるものだ。遠く離れていれば、そういったものを感じ得ることはできない。これだけの数の人々が存在する世界で、自分の周りには限りなく色々な人間がいることだろう。そんな、いわばどこの誰とも知らない相手に囲まれた孤独な世界で、触れ合えるほどの距離にいない相手の気持ちなど、誰が感じ取れるというのだろうか。
 しかし、そんな時代はもはや過ぎ去った。
 人類は、狭い世界に囚われ続けることを拒否するかのように、その身を押さえ込む重力という名の抑止力を突破した。それこそが新しい進化の兆しになることなど、誰も想像さえしなかったが――理論における結果というものは、行程なんて些細な問題に過ぎず、誰が何と言おうと勝手に訪れるひとつの結末でしかない。
 例え、それが初めから想定さえされなかった事柄なのだとしても、である。
 ――世界は広い。
 恐らく、人間程度の知能しか持たない存在では測り得ない、無限の領域がそこにある。
 宇宙《そら》とは、そういった世界なのだ。その場所に進出することがどれだけの苦難を強いるのか、人々は未だ気付かない。そのまま自らの故郷である地球を中心に、自分達の世界を広げていくことに執心し続ける。
 そして、それはやがて破滅を招くことになった。
 戦争――人間同士がいがみ、争い合う。彼らは、自ら作り上げたちっぽけな世界の中で、その命を次々と失っていく。
 狭い空間で生きてきた人類にとって、その空間の増長は、決して安易なものではなかったのだ。近くで触れ合わなければ少しでさえ通じ合うことのできない心――脆弱で感度の低い人間に、広がっていく世界に耐え切られるだけの精神力などあるはずがなかった。
 宇宙に作られた人々の居住空間である「コロニー」へと移住した人間達と、
 地球の重力を振り切れず、権力をかざして故郷の大地に囚われ続ける人間達。
 二者は互いに歩み寄れなかった――それは言わせて貰えば必然であったとも言えるが――為に起きた争い。距離を起きすぎた人間同士の心は、当然のように通じ合うことができずに反発し、激突したのだった。
 戦争が終わり、宇宙に住まう人類は、より立場が弱くなった。
 元々、宇宙移民計画といったプランは、増えすぎた人口のはけ口を探した結論から生まれたものに過ぎない。地球を飛び出し、宇宙で暮らすといった生活は、実用化に至るや否や、あっという間に異物を吐き出すかのごとく、人々を宇宙へと駆り立てた。
 それは結果として、地球という名の故郷から見放されることになったのである。
 宇宙に暮らす人類は、やがて「スペースノイド」と呼ばれるようになり、地球人とは別の存在とまで扱われることになる。戦争によってできた互いの間を遮る壁は、決して崩れることのない鉄壁と化していく。
 そうして、人類が宇宙へと進出してから、かれこれ十七年の時が過ぎた。
 未だ変わることない地球とコロニーの勢力争い――戦争によって生み出された膿は消えることなく、次々と悪化の道を辿っているのであった。