魔法使いは月に照らされて/第五章

  第五章/擦れ違いの真実



 平日の最後である金曜日。いつもなら一番だらけている曜日だと言うのに、やはりというか俺は早起きすることになる。ううむ、二日連続はさすがに新記録だ。快挙である。一日でも早起きすることこそ有り得ないっていうのにさ。
「起きなさいよ、ほら。朝食できてるわよ!」
 まあそれもこの少女、ルナのおかげであるわけだけれど。
 本名をルナミス=サンクトリア(だっけ?)と言う、外国人で、魔法使いで、俺より三つ年下で、現在は月城ルナと名乗る俺の義理の妹。そしてなにより、俺が何の間違いか惚れてしまった少女。
 早朝だと言うのに乱れすらないその長い金髪を靡かせながら、ルナはおたまを握って部屋の扉の前に立っていた。
 ……、おたま?
「お、おいまさか……ッ!」
 がばぁ、と俺は一気に眠気を覚醒させてベッドから飛び上がる。
「ルナ、お前まさか料理を――」
「だから。もうできてるって言ってるんだけど?」
 なんてこった。まさかとは思うが、ルナが自ら料理を作ってしまったと言うのだろうか。
 俺は絶望を浮かべたような表情を作りつつ、リビングに目を向けた。
「……あのね、もしかして昨日のことを思い出してるんじゃないかとは思うけど」ルナは少し呆れたように、「わたしが同じ失敗を二度も繰り返すと思ってるの? ちゃんと味見もしたし、今日は特別難しい料理でもなし、完璧なんだから」
「む、そうか……安心した」
 ふむ、次は失敗しない――とは言っていたが、やはりそこはプライドの高そうなルナのことだ。同じ失敗は繰り返さない主義らしかった。いやはや、実にいい傾向だとは思う。
 けれど、
「で、メニューは?」
「カレーよ。比較的簡単だって聞いたから。ほら、すごくおいしそうじゃない」
「……、朝っぱらからカレーなんて、作り置きでもしない限り有り得ないなんてのは、まあ解らないんだろうな」
「はあ、そうなの? まあいいじゃない。なによ、不満でもあるわけ?」
 いや、ルナが作ってくれた料理を無碍にするわけにもいくまい。というかメニューはともかくその行為はとても嬉しいってことに変わりはないわけだし。日本男子たるもの、好きな女の子が作ってくれた料理が嬉しくないわけないだろ、うん。
 そんなわけで、俺の今日の朝食――つーか多分晩飯もカレーと言う事になりましたとさ。

  ◆

 いつものように登校し、教室へと参上。やはりというかなんというか、周りの目はおかしなものを見るような、未確認飛行物体から突如現れたエイリアンでも見るかのような、そんな視線を浴びる。うむ、悪くない悪くない。こうやって他人の度肝を抜いてやるっつーのはわりと楽しい気分になれるからな。
 だがしかし、そんな視線は俺が早く来たことによるものではなかった――いや、少しはそれも含まれていたのだろうけれど――俺の隣にいる少女に皆は現実を疑うような眼差しを向けていた。ああそうかそういうことね。
「……月城」寄ってきたのは御門だった。「率直に言おう。羨まし過ぎる、代われ」
「うるさい黙れ却下」
「ちくしょお! なんでお前はそんなおいしい役回りにいるんだよ! 少しでいいから俺にも分けてくれえ!」
 毎度のことながら、御門の戯言には付き合ってられん。俺は適当に無視して、ルナと共に自分の席へと向かっていった。俺が通るたび、つーかルナが通るたびに男子生徒の視線が気持ち悪いぐらいに突き刺さる。ああもう、なんだよお前ら。そんなに女に飢えてやがるのかよ。
「ふふ、わたしってばモテモテよねー」
 突然、ルナがそう小声で俺に呟いて来た。
 おい聞いたかクラスの男子生徒諸君、こいつはこんなことを言ってるぞ。いつも見ているこいつの姿は九割がた猫を被っているんだ。騙されるな、真実をその目に焼き付けろ。
「月城くん、おはよう」ふと声が聞こえた。沢宮さんだった。「二人とも仲がいいんだね、羨ましいなあ。瑠奈さんのおかげで月城くんはこれから遅刻もしなくなるし、良い事だよね」
「おはよ、沢宮さん。まあこいつのおかげで朝は苦労しなさそうだけどさ、聞いてくれよ。今日の朝食、なんだったと思う?」
「へっ、朝食? なになに?」
「うん。それがさ、カレーだったんだよ。カレーだぜ? しかも昨日の晩の作り置きとかじゃなくて、朝食がだ。どうだ笑えるだろ?」
「む」その言葉に反応したのはルナだった。「そんなの知らなかったんだからしょうがないじゃな――ご、ごほん。わ、わたくしはついこの間まで海外で暮らしていたのです、そのようなことは知らなかったのですわ。だと言うのに、せっかく一生懸命愛を込めて作ったと言うのに、お兄様ったらひどいですわ……(ニヤリ)」
 ざわ! と、ルナのその発言に教室内が一気にざわめいた。
 おいおい待てよ気付けよお前ら、今のはどうみてもおかしいだろ、口調とかその辺が。つーかニヤリってなんだよニヤリって。影で笑うなこの確信犯め。
「つ、月城くん。それはちょっとひどいよ……」
 沢宮さんまで俺に不審の目を向け出した。ああくそ、ちょっとルナをからかうつもりでやっただけの事でどうしてこうなっちまうんだよちくしょう。
「月城、お前ちょっと放課後裏庭な」とは、クラスの男子生徒全員からのお達しだった。
 ちらりと隣の席に座っているルナを見てみると、必死に笑いをこらえていた。……くそ、負けた。今回は少し、いや完璧に分が悪かった。ああ、認める。認めてやるから、とりあえず助けてくれ。

  ◆

 さて、ここで少し難しい話をしてみよう。
 時間ってのは早く過ぎると感じるときもあれば、遅く過ぎると感じることもあり、それはその人の気の持ちようで変化する――そういった経験、ないだろうか。
 例えば、学校でどうでもいい授業を受けているとき。つまらない暇の続くバイトをしているとき。そういった時、時間ってのはものすごく遅く感じてしまう。五分がすごく長く感じるのである。
 逆に、朝起きるときあと五分、とか言うけれど。その五分はかなり短く感じないだろうか? その他でもそうだ。例えばゲームをしているとき。漫画や小説を読んでいるとき。時間ってのは、いつの間にか過ぎ去ってしまっている。早く過ぎていく。そう感じてしまわないだろうか。
 俺は思う。ようするに嫌いなことをしているとき、時間ってのは遅く感じる。逆に好きなことをしているときってのは時間が早く感じてしまうものだと。それが何故なのか、俺は考える。
 それは多分、そのことに対する集中力のレベルなんだと思う。
 嫌いなことだとどうしても集中できないし、好きなことならどれだけでも集中できる。人間はなにかに集中しているとき、時間さえも無視してその物事に熱中できる存在なのではないか、というお話だ。
「……うむ、我ながら暇潰しとはいえわけが解らん」
 ようするに、つまるところ俺は今暇なのである。どうでもいい授業を受けていて、果てしなく時間を持て余している。何かに熱中して時間を潰したいところだったのだが、うむ。慣れないことはするもんじゃない。
 ま、この授業さえ終われば次は放課後。ようやく一日の学業時間が終了、開放されるってわけだ。明日と明後日は休みだし。
 ふと隣のルナを見る。
 はたから見れば真面目そうに授業を受けているように見えるが、実際はどうなのかわからん。正直こいつは俺より三つも下なんだし、授業内容が理解できているのかも怪しい。いやまあ、魔法使い様ともなれば、普通の一般人とは比べ物にならないくらい頭が良くていらっしゃるのかもしれんが。
「……ま、どうでもいいか」
 小声で独り呟く。
「何? なんか言った?」
 聞こえていたのか、隣のルナが聞いてきた。こいつ耳いいよな。そういやあのときの俺の独白だってよく聞こえたもんだ。
 俺は「別になんでもねえよ」とだけ言って、残りの数十分、暇を潰すために何をしようかと考えるのであった。

  ◆

 本当に突然で、唐突で、いきなりだった。
 放課後。帰宅準備をしていた途中、それは起こった。

 ちりん、と。鈴の音色がどこからともなく聴こえてきたのである。

 ……あいつだ、間違いない。俺は直感で判断する。昨日の夜中に聴いたあの音色。その後現れたあの黒フードの魔法使い、ルナの『敵』である少女。
「ルナ、今なんか聴こえなかったか?」
「はあ? 別に、何も聞こえなかったけど。誰かが呼んだとか?」
 ルナには聴こえていない、ということはこれは俺にしか聴こえない音なのだろう。どういうことだ? まさか、昨日の夜のように俺を呼んでいると言うのか。
 だが、何故だ。何故ルナではなく俺を呼ぶ必要がある? 昨日も何か言いかけていた。俺が何かあるってのか? 解らん。解らないが、だからこそ確かめなければ。
「悪い、ルナ。ちょっとトイレ行ってくる。腹の調子悪くてさ。すぐ戻るから、お前はここで待っててくれよ。遅かったら先に帰ってくれてもいいし」
「え? ちょっと、待――」
 それだけ言い残して、俺は教室から駆け出した。
 どこにいるかなんて解るものか。ただ勘を頼りに探し回るしかない。
 どこだ、どこなら一番都合が良い?
「……あ。裏庭」
 そうだ。この学校の裏庭はとてもではないがあまり人が寄り付かない。たまに隠れて遊んだり喧嘩したりで使うことはあっても、基本的にはそこに誰もいない。そうだ、そこなら誰にも見つかることなく話せる。
 完全にただの直感だった。だが、そんな予想による不安なんて消し飛ぶくらい、何故か確信のようなものもある。それが何故だかはわからないけれど。俺は、そこに行くべきな気がして。
 走る。駆ける。裏庭はそう遠くない。階段を駆け下りて、一気に目的地を目指す。

 そして、そこには。見間違うこともない、あの少女が立っていた。

「は……は。見つけた、ぞ」
 この程度で息切れするなんて、少し運動不足なのだろうか。はあはあと息を切らせながら、俺は目の前に立つ黒髪の少女に向かって、言う。
「一体何の用だ。俺だけに聴こえるあの鈴の音は何なんだよ? 俺に話しがあるんじゃないのか、おい」
「……」少女は少し悲しそうな顔をして、「お願い、あの人から早く離れて」
 意味が解らなかった。あの人、ってのはつまりルナの事なのか?
「何でだよ。お前の目的は何なんだ? ルナを倒して、魔法使いとしての地位だのなんだのを上げたいってんじゃねえのかよ」
「そうじゃない……ただ私は貴方の身を案じて言っている。貴方は、早くあの人から離れるべき。……今は、理解できないかもしれないけれど。記憶のない、貴方には」
 記憶。まさか、俺の記憶は。
「……お前、まさか俺の記憶を消したのはお前なのか?」
 こくり、と無言で頷く黒の少女。
「本当は、このまま無関係でいて貰いたかった。あのまま眠って記憶を無くして、それで終わって貰うはずだった。……でも、それは叶わなかった。あの人が、貴方に目をつけてしまったから」
「ルナが俺をどういう風にしたのかは知ってる。本人から聞いたからな。だけど今、俺は俺の意思でこうしてる。ルナの魔法にだって掛かってない、これは自分の意思なんだよ!」
「……そうかもしれない。でも、だからこそ。だからこそ私は、貴方にあの人とこれ以上関わりあって欲しくない。そうすることが、きっと一番の道だと思うから」
「何言ってるんだよ。わけわからねえ。そんな事言われて、俺がはいそうですかって頷くわけないだろ!」
 俺がそう言うと、何故かその黒き少女はびくんと身体を震わせた。
「……私は。私は、貴方のそんなところが好きだった。でも、もう手遅れだと言うのなら。私はせめて、あの人を倒して貴方を救う。だから……お願い」
 その少女は、本当に意味の解らない事を呟いて。
 背中を向けて、ここから去るように。
 最後の言葉を、告げる。
「全てを思い出しても、これ以上私達に関わらないで。お願い、昴」
 いなくなった。本当に、一瞬に。まるで本当は初めからそこになんていなかったかのように、黒の少女は俺の目の前から姿を消してしまった。
「……なんで、俺の名前。知ってるんだよ」
 理解できない焦燥感に苛まれながら、俺はしばらくそこを動く事ができなかった。
 あの黒フードの少女が言っていた言葉が、何故かまだ胸に突き刺さるように残っている。
 俺の失われた記憶。それを思い出せば、この不安感も全て解消することができるのだろうか。
「……あ、まずい」
 そこで俺はようやく思い出した。教室に残したルナのことを。あれからもう大分経っている。待たせてしまっているのは悪い、早く戻らなければ。

  ◆

 そして、そこには誰もいなかった。
「あれ、ルナのやつ先に帰っちまったのか。むう、結構冷たいとこもあるんだなあ」
 独りごちながら、誰もいなくなったクラスの教室を歩いて、自分の机の上においてある鞄を手に取った。
「……ま、一人で帰るのなんていつものことだし。何寂しがってんだよ、俺は」
 我ながら少し女々しいな、と感じつつ、俺は鞄片手に教室を出ようとして、
「あれっ、月城くん?」
 沢宮花凛と鉢合わせた。
 その手には鞄が握られていて、どうやら彼女も今から帰宅ってところらしい。
「うっす。沢宮さん遅いね、委員会の帰り?」
「うん、まあそんなところ」沢宮さんは辺りを気にしながら、「それより月城くんこそどうしたの? こんな遅くに。瑠奈さん、先に帰っちゃったみたいだけど」
 さすがに敵の魔法使いとお話してましたーっ! なんてぶっちゃけるわけにもいくまい。つーか沢宮さんの場合疑うどころか全力で信じられそうで逆にまずい。
 俺は適当に言い訳を考えながら、
「ああ、裏庭でさ。クラスの男子どもに今朝の呼び出しでそりゃもうボコボコにされた」
「うふふ。もう、冗談ばっかりっ。あ、でもそっか。じゃあやっぱり裏庭にいたのって、月城くんだったんだね」
 ……、え?
「なんだか一人でぼーっと立ってたから、何してるのかなーと思って。でも後姿だったし、誰だかよくわからなかったから声掛けられなかったんだよっ」
 危ない。どうやらあの少女と会っていたところは見られてなかった、
「でも、なんだか一人で喋ってててっきり誰かいると思ったんだけど。あれなに? お芝居の稽古でもしてたの?」
「……え? なあ沢宮さん、それいつから見てたんだ」
「えっ。あ、うーん。裏庭に走っていくところからだから、多分最初のほうはほとんどだと思う。あ、ごめん、見られたくなかった……?」
 おいおい、ちょっと待て。どういうことだ? あの場には確かにあいつがいた。それが、沢宮さんには見えてなかったって言うのか?
 いや、待て。あの少女が魔法使いなら。あの鈴の音色が俺にしか聞こえなかったのだとするなら、その姿を見えなくする事ぐらいできるんじゃないだろうか。そう、もしかするとそれがあの少女の『魔法』なのかもしれない。ならば、それはそれで好都合だ。沢宮さんに見られていないのであれば、それは良かったんだから。
「どうしたの、月城くん。もしかして、怒っちゃった……?」
「あ、いや違う違う。うん、ちょっと独り言の練習してたんだよ。あまりに思いつきな行動だったから見られてたって思うと恥ずかしくてさ。それだけだよ」
 俺がそう言うと、沢宮さんは心底安堵したかのように胸の上を手でさすった。
「よかったあ、これからは気をつけるねっ。……あ、そうだ。ちょっと聞きたかったことがあるんだけど、聞いてもいいかな?」
「ん? 何?」
「あのね、月城くんって朝雛さんのこと、好きなのかなあって」
 ……、はい? 今このお方は何とおっしゃられました?
「あのさ。どうして紅憐の名前が出てくるわけ?」
「えっ、あ、だって。その……いつも、仲良さそうだし。違うクラスなのによくお話してたりするから。だからどうしてかなって」
 ああ、そういうことか。そういえば、俺と紅憐がどういった関係なのか沢宮さんは知らない。誤解するのも無理はないか。むう、あいつと俺がそういう風だと見られていたってのは、誤解であれちょっときついものがあるけど。
「違うよ、あいつはただの幼馴染。言ってなかったけどさ、小学校からの腐れ縁なんだよ」
「え? そうだったの? てっきり……なんだ、そっか……。じゃあ、瑠奈さんと同じようなものだよねっ」
「え、あ――」
 ルナと同じような関係、か。確かに設定上はそうかもしれない。生き別れ再会した妹、昔ながらの幼馴染。どちらも言ってしまえば好きになるとかそういう恋愛対象には不向きだとは思う。
 だけど、沢宮さんは知らない。俺とルナの本当の関係を。一言では言い表せない、複雑な事情が織り交ざった俺達のことを。
「あの……ね」突然、沢宮さんが俯きながら呟き始めた。「私その、実は……あの。月城くんの、ことが――」
「え……。沢宮、さん?」

「私、ずっと前から……月城くんのことが好きなんです」

  ◆

 突然に、唐突に、突如に、いきなりに、だしぬけな告白だった。
 沢宮さんはあの後、俺の言葉を待たずとしてその場から逃げ去るようにいなくなってしまった。
 後を追ってみるも姿は見えず、結局何も言う事が出来なかった。
 仕方がない。次に会うときまでに返事を考えておくか。……本当、まさかあの沢宮さんが俺を好きだったなんて予想外にもほどがある。なんでもっと早く言ってくれなかったんだろう。少しばかりか、かなり感動してしまった。
「今まで誰かに好きだなんて言われた事なかったからなあ、俺」
 独り呟きながら、俺はとぼとぼと学校の校舎から外へと出る。
 そうして、ふと思い出す。
『……私は。私は、貴方のそんなところが好きだった』
 そうだ、そういやあの黒フードの魔法使いもそんなことを言っていたような気がする。だが好かれるようなことを何かした覚えはないし、ただの聞き間違いかも知れないが――
「覚えてない、ね……」
 今の俺は一部の記憶を失っている。覚えているのは、一昨日。こんな風に一人学校の校舎から外へと出て、いつも通りに帰路に着いて。そこまでだ。ああ、その先が何も思い出せない。きっと、そこから俺は何か記憶を消されなければならないような事態に遭遇したんだろう。
 それがなんだったのか。……思い出そうとするけれど、やはり無理だった。
「くそっ。情けないな俺も……ただ思い出せばいいだけだってのに。思い出せば全部理解できるって夜鈴《よすず》が言ってたんだ、何でなにも――」
 ……、なんだって? 俺は今何と言った。
「……夜鈴、そうだ。あの黒フードの名前。守崎夜鈴《もりざきよすず》……!」
 そう、確かそんな名前だったはず。おかしい、どうして俺は知っているんだ? いつ聞いた。あの黒フードの少女の名前を。いつ、どこで?

 ちりん。また、あの音が聞こえた。

「……、おいおい」俺は右手で顔を覆うように、「そうか、そう言う事かよ。……くっそ、あいつ。やってくれたぜ、まったくよ……!」
 そう、これが合図。黒フードの魔法使い、黒髪の少女、守崎夜鈴。彼女が仕掛けた鈴の音。その『最後』の鈴の音を、俺は今聴いた。
 そして。
「ああ、思い出したよちくしょう。全て、何もかも、綺麗さっぱりに」
 俺は、皮肉にも歪んだ笑みを浮かべた。