魔術師は月に照らされて/プロローグ

これは、当サイトのオリジナル小説「魔響幻奏」の完全リメイク版になります。
物語の流れや文章、キャラクター設定やプロットなどを全て一から作り直した半新作、と言うカタチになると思います。
それでは、プロローグをお送り致します〜。

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 こんこん、と軽めにドアをノックする音が部屋の中に響く。
 誰だろう? と、その一室に住まう一人の少年、月城昴はベッドから重い身体を起こして思考した。
 今は朝、それも早朝の六時半と言った時刻であり、こんな時間帯に訪問する人間なんて普通はいないだろう、なんて言う一般論的な考えは、だが彼の脳裏には浮かばない。
 何故なら、これまで嫌って言うほどの前例がありまくりだからである。
 ドンドン! と次第にノックの音が大きく変化していく。これじゃまるでヤクザの取り立てと変わりやしないな、と月城は溜め息を吐きながら立ち上がる。
 ノック、と言うよりドアを強打している音は一向に収まらず、そのドアの向こう側からは「起きろ開けろこらーっ!」なんて少女の声が聞こえてくる。これはさすがに酷いな女の子のやる事とは思えないけどまあいつもの事だし、と諦めながら月城はドアの前までぺたぺたと素足で向かって、
「オイこらうるさいぞ、ちょっとはご近所に迷惑になるとか考えてみたらどうだこの馬鹿」
 ガチャリ、と。扉を開けて、相手も見ず一切の遠慮も無しにそう言い放った。
 案の定、予想通りの相手がそこに不機嫌そうな顔をして立っている。
「馬鹿とは何よ馬鹿とは! 大体アンタが起きるの遅いからこうやって起こしに来てあげてんでしょーが。感謝されたって文句を言われる筋合いはないと思うんだけど?」
「あー、うるせぇうるせぇ。つーか今何時だよまだ朝の六時半だっつーの! こんな朝早くに起こしにこなくても十分間に合うだろうが」
「それでいっつも朝ご飯抜いて寝過ごして遅刻して、腹減っただの眠いだの言いながら教室でぼやいてるのは誰よ! 毎回毎回聞いてるあたしの身にもなって欲しいわ!」
「あーもう、だからそんな大声出してちゃ近所迷惑だってさっきから言ってんだろうが!」
 少女の名前は朝雛紅憐。
 髪は赤みを帯びた紅色のショートカット。服装はそのまま学校に向かうつもりなのだろう、制服を着用している。月城との関係は、言うなれば腐れ縁の幼馴染、と言えば解り易いだろうか。年齢は月城と同じ十六歳であり、同じ高校の同じクラスに通っている。と言うか一度も学校やクラスが違った事がないのは本当に腐れ過ぎで逆に気味が悪いんだけどこれはどうなってるんだろう、と月城は何度も何度も感じていたりする。
 そんな少女、朝雛紅憐は睨むように月城を見ると、無言でずかずかと玄関まで遠慮無しに上がり込んできた。
「……とりあえず、入るわよ」
「どうぞお好きに」
 玄関で靴を脱いでるのを少しチラっと見てから、月城は玄関を後にし、リビングまで足を運んだ。
 活発少女・紅憐のお陰で一気に眠気も覚めた月城は、冷蔵庫の中から牛乳パックを取り出すと、それをコップに注いで一杯、もう一度注いでまた一杯、と一気に飲み干して喉を潤した。
「相変わらず広いわね、アンタの部屋。一人暮らしのクセにもったいないとか思わない? あーあ、あたしもこんな部屋に住んでみたいわよ」
「……なんだ今度は僻みか? そんなもんいつも見てんだし何で今更」
 玄関からリビングへとやってきた紅憐の言葉に、月城は感慨無くそう答えた。
 少年、月城昴はややこしい事情の末一人暮らしを行っていた。両親が海外へ行ってしまった事がキッカケで、仕送りも毎月送られてくるので特に生活に不自由はしていない。何故一緒に着いていかなかったのかと言えばやっぱり色んなややこしい事情があるため簡単には説明できないのが悩みの種である。実際、幼馴染である紅憐にも話した事がないほどの。
「別に僻んでるわけじゃないけど。でもアンタってこの歳でオイシイ境遇にいるなー、って最近少し羨ましいだけ」
「は? オイシイ? 羨ましい? 何がだよ」
「考えてみなさいよ。親の束縛もなく、一人で何しても良くて、仕送りはちゃんと来るからお金にも困らない、オマケにこんな広いマンションの一室に住んでて、そのマンションの立地条件も完璧。ここまで至れり尽せりな生活を送れてるアンタがちょっと羨ましくなってきたってだけ」
 そんなものなのかな、と月城は考える。
 確かに何も不自由な事はないし、言われてみればこの年齢の少年に対してはオイシイ環境なのは間違いないのかも知れない。けれど、
「……ま、そうかも知れないけど。実際、寂しいもんだよ、こんな生活」
「ふーん……寂しい、ねえ。アンタって一人じゃ眠れないタイプ?」
「馬鹿か、そんなんじゃ一年もこんな生活できねーっての! つーかお前にだけは言われたくないね、未だにテレビの怖い番組とか見れないクセに!」
「なっ……べ、別に怖いからじゃないわよ! ああいう番組が気に食わないってだけだし!」
「言い訳にしか聞こえねえなぁ、この前一緒に見た心霊番組で震えながらしがみついてきたのはどこの誰だったですかねぇ?」
「し、知らないわよ、そんなの! たまたま! たまたまなんだから!」
「はいはいそうですね、紅憐ちゃんは怖いものが嫌いな可愛いオンナノコでしたねー」
「こ、この……! 殺す! 今ここで殺してやるわァああああああああああッ!」
「ちょっ……待て冗談! 冗談だからマジになって包丁握るなしかも二つ!? 二刀流はさすがに卑怯過ぎると思うんだがオイやめろここで俺を殺してその人生を無駄にするなーっ!」


  ◆


 危うく包丁で八つ裂きにされる所だった月城は、なんとか落ち着かせることに成功した紅憐に朝食を振舞っていた。まあ、朝食といっても和風なごく普通のメニューなのだが。
 焼き魚にじゃがいもの味噌汁、たくあんに白ご飯。我ながら芸がないと思いつつ、あまり朝食のレパートリーが少ない月城は週に四回以上もこんなメニューを取っている。ちなみに、当然だが自分で料理していた。
「……んぐ。それにしても、相変わらずアンタ料理だけは巧いわよね。とんだ才能もあったもんだわ」
「む、料理だけとは心外な。一応これでも先週のテストではクラスの半分より上くらいの点数は取ったんだぞ」
「それって良いのか悪いのか解らないから判断に困るんだけど……」
 まあ普通じゃないのか? と月城は思うが、よくよく考えてみれば普通だからって胸を張れる事ではないと気付いて、そのまま黙ってしまった。
 現在の時刻は七時過ぎ。そろそろ朝食を食べ終わって準備を始めないとマズい時間である。そのためか、味わう事より食べ終わる事を優先し、二人はいそいそと食を進めた。
 そうして数分が経過したころ、朝食も終わりが近付いてきたそんな時、テレビのニュースにひとつの事件のようなものが報道されている事に月城は気が付いた。
「……ん、なんだありゃ」
 そのニュースの内容はどことなく突拍子のないようなもので、
「連続怪死事件……、死体はまるで獣に食い散らかされたようにバラバラになっていた……? なにこれ、こんな内容のニュースを良くこんな朝っぱらにやるわね」
 月城が自分で把握する前に、向かいに座って朝食を食べている紅憐がそう解説してくれた。
 改めて画面を見ると、やはりその内容はどこかおかしい。
「なあ、紅憐。ここ最近のニュースってのはこんな物騒なモンが多いのか? 俺あんまりニュースとか見ないから良くわからねーんだけど」
「バカ、こんなのばっかりだったらやってらんないわよ。あたしだって今日初めて知ったし。……にしてもバラバラ殺人はバラバラ殺人でも、これはちょっと奇怪よねー。獣に食い散らかされたように、なんて表現、普通はしないわよ。相当酷かったのかな」
「オイオイ、しかもこれ近所じゃねーか!? 大丈夫かよ、こんなの洒落にならないだろ。もし犯人と出くわしでもしたら……」
「あはは、心配しすぎだって昴は! ホラ、見なさいよ。事件が起こってるのは夜、それも深夜に限っての事らしいし。その時間帯なんて滅多に出歩く事はないだろうし、何も心配する事なんかないわよ」
 本当に何も怖くなさそうな笑顔でそう言い放つ紅憐を見て、月城はひとつ心底思った事を口にした。
「……お前、心霊番組は怖がるクセにこう言うのは怖くないんだな」
「何か言った?」
 眉をピクリとさせてから、紅憐は先程の殺気立った目付きでそう呟いた。
「ばっ、悪かった! 悪かったからそんな睨みながら立ち上がるなってどこへ行くつもりなんですか台所!? ってまた包丁かよゴメン謝る頼むから真面目に怖いし止めてくれえええええええええ!」
 月城はこれまた先程のように早口で紅憐を宥めようと必死に言葉を投げかけるが、そんな彼の心配とは裏腹に、紅憐が立ち止まったのは台所にある冷蔵庫の前。はへ? と、月城はポカーンと口を開けながらその光景を見つめて、
「……アンタ、あたしが同じ事を二度もやるとか思ってるわけ?」
「ち、違うのか。じゃあ何で俺を殺――」
 紅憐は冷蔵庫の扉を開けると、中から一つの牛乳パックを取り出した。
「牛乳。食後の一杯はおいしいわよね?」
 何かと苦笑しつつ、紅憐は月城を見てそう言ってから満足気な表情でコップに注いだ牛乳を飲み干した。そんな彼女の仕草に、月城はしてやられた、と心底悔しがる事になるのであった。