閃光のベルゼトーレ/1話

《御凪(みなぎ)さん! 機体の脚部の損傷率が70%を越えています。これ以上宙間機動を続けたらブースターに被害が出てしまうわ! そうなれば元も子もありません、今すぐ戦闘宙域から離脱して下さいませ!》
・聞きなれた少女の声。
・発生源は、狭苦しいコックピットの内部に装備されている通信機から。
・この声の主の名はフィオナ・ベルセルト。
・年齢は15歳。
「わ、解ってる……つもりなんだけどっ、上手く、機体が動かなくてっ!」
・対応するのは同じく少女。
・コックピット内部にて、慌てふためきながら必死に機体を操縦。
・少女の名前は御凪・アリサ。
・年齢はフィオナのひとつ下、14歳。
・体型はパイロットスーツの上から見る限り、あまり発育が良いとは言えない。
・控えめに膨らんでいる、有っても無くても差し支えないような胸。
・太っているとも痩せているとも取れない、だが中途半端に平坦な身体つき。
・その反面、顔は思わず見とれてしまいそうになるような美貌――少女の幼さが残るものの、その分可愛らしさに溢れている。
・瞳の色は淡いブルー。
・髪は桃のようなピンク色、長さは肩より少し下に伸びている程度のショートカット。
「あ、うわぁ!?」
・アリサの声。同時にガンッ、と何かをぶつけたような音。
・通信機の向こう側――別の機体に乗り込んでいるフィオナがその音に気付く。
《大丈夫ですの、御凪さん!? しっかり、応答して下さいませ!》
・通信機ごしに聞こえる、擦れた少女の声――フィオナが慌てて呼びかける。
「う……うん。大丈夫、ちょっと機体内部の重力制御に影響が出たみたい。姿勢が崩れてちょっと頭ぶつけちゃった……」
《大丈夫、じゃありませんわ! とにかく応援を向かわせますから、出来るだけ大人しくその場で待機! いいですわね!》
・いつもに増して厳しいフィオナの怒声。
・だが、それも自分を心配しての事だと理解しているアリサ。
・決して不機嫌そうな表情は見せず、ただ少し微笑み。
「ありがと、フィオナ。なんとか頑張ってみるね」
《ええ、今ミレーヌさんが向かっていますから。あと数分もすれば――きゃあっ!?》
・通信機の向こう――フィオナの悲鳴。
・咄嗟の事に驚くアリサ。即座に呼びかける。
「ど、どうしたのっ、フィオナ!?」
・返事はない。
・聞こえてくるのは、ザザ……と言うノイズ音に混じった、爆発音。
・アリサは一瞬戸惑うが、通信機が未だ繋がっている事から、フィオナの生存を確信。
《――い――ぶ、で――敵が――の少し――》
・ノイズ音が次第に酷くなっていく。
・聞き取れないフィオナの声。
「フィオナ? フィオナ! ……だめ、通信が途絶えちゃった」
・何度か経験のある通信の途絶え方。
・アリサはひとつの可能性を思い出す。
(……閃光(フラッシュ)モード――もしかして、戦闘……? そんな、いくらA.F.X.だからってフィオナの機体は……!)
・A.F.X.――Another.Figure.Xekustend.(アナザー・フィギュア・ぜクステンド)。
・『月の守護者(ムーンガーディアン)』に所属するごく一部の兵士のみに与えられる、宙間における機動力の優れた人型戦闘兵器。
(あと数分でミレーヌさんがここまで来てくれるって言ってたけど、現状、この戦闘宙域に出撃しているA.F.X.は全部で五機……内、『戦闘用』のA.F.X.はわたしの『ベルゼトーレ』を含む全四機――フィオナのA.F.X.は『情報戦用・指揮機』……戦闘には不向きな機体――あそこには今フィオナしかいないのに、敵に見つかったとしたら今にも……!!)
・額から汗を流すアリサ。
・表情は困惑――そして恐怖。
(だめだめだめっ、しっかりしなきゃ! この状況を知っているのは、少なくてもわたし……さっきまで通信していたわたしは知ってるんだ。助けにいかなきゃ、いかなきゃ……きっと後悔する!)
・拳を握り、汗を拭う。
・強い決意の込めた瞳で、モニター越しの世界――宇宙(そら)を見つめる。
(機体の脚部損傷率は……うん、さっきとおんなじ。……損傷率が70%なら、残りの30%は動くってことだよね……!)
・直接は聞こえないものの、アリサの機体『ベルゼトーレ』の脚部はギシギシと悲鳴を上げている。
・だが――動く。脚部に装着されたバーニアが火を噴き、腰部にあるブースターが同じく作動する。
・いける、とアリサは確信。
(待ってて――フィオナ!!)



・時間は少し遡り、約一時間と少し前。
・場所――地球の衛星、月に建造された『月の守護者』本部ビル、その地下格納庫。
・ずらりと並べられたA.F.X.――その数、六。三機ずつ向かい合うように、中央に真っ直ぐと伸びた通路を挟むようにして配置。
・それぞれに機体の色が違い、赤・青・緑・黒・白――そして、金。
・中央の通路を渡る二人の少女、御凪・アリサとフィオナ・ベルセルト。
「えっ、もうすぐ出撃って……どう言う事なの?」
・腑に落ちないような表情で問い掛ける桃色の髪の少女――アリサ。
「先程、ミレーヌさんから聞いた情報ですわ。遠距離レーダーに『小隊系』らしき反応をキャッチ、ゆっくりですけれどこちらに向かって来ているようなの」
・その問い掛けに、落ち着きを持った口調で答える金髪の少女――フィオナ。
・さらりと伸びたその長い金髪は、長すぎるためかツインテールに纏められていた。
・瞳の色は、アリサと同じくブルー。
・肌は白く、アリサほどではないが幼さの残る少女らしい顔持ちで、十分に美少女と言える。
「『小隊系』……良かった、そこまで大した規模じゃなくて……」
「そうね。でも油断は禁物ですわよ? 御凪さん、最近演習の時だってあまり良い評価を得られてないんですから」
・言われたくない事を言われ、縮こまるアリサ。
・そうして二人が会話していると、突然ポケットに入れてある携帯通信機がほぼ同時に鳴り響く。
・二人は咄嗟に取り出し、画面を確認。
「あ、来たね……出撃命令」
「噂すれば何とやら、ですわよ。……それにしても少し早すぎる気がしますけれど」
「とにかく行かなくちゃ! フィオナ、また通信でね!」
・無言で頷くフィオナ、それを合図にお互い背を向けて走り出す。
・中央に真っ直ぐ突き抜けるように伸びている通路。それぞれの機体の前には移動用に橋が突起のように伸びている。
・それを駆け上るアリサ。目の前には赤色をしたA.F.X.――御凪・アリサ専用の機体『ベルゼトーレ』が聳え立つ。
・遠く、隣一つ機体を挟んだ向こう側にあるのは、金色をした少し派手なA.F.X.。
・その機体へ伸びる橋を渡るのは、フィオナ・ベルセルト。
・機体の名は『エグゼトーレ』。
・索敵、情報戦を得意とする、非戦闘用A.F.X.――全六機あるA.F.X.中でも特別な、『指揮官』の座を手にする機体。
・アリサとフィオナはそれぞれ自らの機体へと乗り込むと、機動のためのセッティングを行っていく。
《ザ――ザザ――……ーい、おーい、聞こえてる? フィオナぁ》
・金色のA.F.X.『エグゼトーレ』のコックピット内部。
・通信機越しに聞こえてくるのはアリサの声。
・半ば呆れた顔をしながら、それに応答するフィオナ。
「聞こえていますけど……機体のセッティングより先に通信を繋ぐなんて、今は作戦中ですわよ、御凪さん? 解っていますの?」
《解ってる解ってるっ。でもどうせ繋ぐんだから、最初に繋いだっておんなじだよー》
・フィオナは、はぁ……と溜め息をひとつ。
・そうしている間にも、その両手は素早く機体のセッティングを済ませていく。
《こっちは終わったよー、フィオナっ》
・通信開始からわずか一分弱――突如、アリサからの通信が入る。
・フィオナ、作業の手を止めてまた一息。
「……御凪さん、あなた、いつも思うんですけど早すぎますわよ……」
・実際、ようやく7割程度終えたところのフィオナ。
・止めた手を再開し、再びセッティング作業に戻る。
《うーん、そうかなぁ? でもいっつもわたしが一番乗りだよねっ!》
(……その才能を、もう少し他の部分に回せないものかしら)
《あれ? 何か言った?》
「いいえ、別に何も言ってませんわよ。ホラ、わたくしも終わりましたから。もうすぐ出撃ですわよ、準備はいいですわね?」


・通信機の向こう――赤の機体、『ベルゼトーレ』コックピット内部。
・フィオナの言葉に少しむっとなって、アリサが答える。
「もうっ、準備なら出来たってわたし言ったよー!」
《……そうじゃありませんわ》
・え? と、アリサ。しばしの沈黙。
《――心の準備、ですわよ》


――第二話へ続く――