【小説】難しいのは、ほんの少しのさじ加減

ドラゴンシャドウスペルSS
「難しいのは、ほんの少しのさじ加減」



 ドイツに位置するひとつの街、ローテンブルグ。
 時刻はまだ昼前だと言うにも関わらず、人の賑わうこの街を―― 一人、他より少しばかり目を惹くような格好で歩く女性の姿があった。
 名をヘルマ・ロックソルト。
 ツインテール部分をくるんとロール状に巻いた紅色の髪。蒼眼を輝かせ、凛とした表情を持つ美貌。彼女のイメージを沸々と浮かばせるような、赤と黒コントラストを纏った豪奢な服装。その手に持つ大きな本のようなものは、彼女を魔法使いたらしめる武器『マトリクスギア』。
 ロックソルト家の魔女と名高い彼女は、現代の魔法使い『ヴァリアント』として、今なお孤独な旅を続けている。本来よりあまり他者と組む事を嫌う彼女は、それこそ言い表すならば―― 一匹狼である。
(お昼、どこで食べようかしらね……)
 ヘルマが旅をする目的は、主に遺跡巡りである。
 こうして街に滞在するのも、近くの遺跡を調べる為の宿目的、という意味合いが強い。
 基本的に一つの場所に止まることをしない根無し草な彼女だが、ここ最近、遺跡の調査に手間取っている為か、ここローテンブルグに滞在し始めて少々長くなる。
(それにしても、見つけた遺跡に調査に行ってはウラノスウラノスって……いい加減にして欲しいわね。あいつらとの因縁は今に始まった事でもないけど、さすがにこうも続くとイライラするってもんだわ)
 ウラノス――とは、簡単に説明してしまえば悪の秘密結社である。少なくともヘルマ自身はその程度の見解で、彼女にとってそれ以上のことはどうでも良い。遺跡の調査を邪魔するウザい奴ら、それがようするにウラノスである。
 実際にはもう少し複雑な組織であったりするのだが、ヘルマにとってはこのくらいの認識が丁度良いようだった。事実、やっていることが非道であることに変わりは無いのだから、悪――なんて定義も十分に当て嵌まると言える。
 その点、このローテンブルグと言う街は一見だと本当に平和そうに見える。いや、実際のところ平和そのものだ。魔物――デモンズと呼ばれている――も現れないし、街の人々は常に毎日の仕事や家事で忙しい、そう言う『当たり前』のような日々を過ごせる街、それがこのローテンブルグだった。
 たまたま寄りかかっただけとは言え、最近のウラノス騒動の多さによる苦労や疲労を抱えるヘルマにとって、この街にいる限りは何の悩みも心配もいらずに平和な日常を過ごせると言うアドバンテージは、この街に滞在する時間を自然と長くさせている事に繋がっているのは明確だった。
(それに、ホリーの事もあるし。まあ、たまにはこうやって生き抜きするのも必要かしらね。……しばらくはウラノスのウの字も見たくない気分だわ)
 他者と絡む事を好まないヘルマとは言え、それでも孤独での旅には限度と言うものがある。彼女の場合、そのヴァリアントとしての実力を生かし、他者と適度な関わりを持つことで食い扶持も稼ぐこともある。人との関わりは広く浅く、それが彼女のモットーでもあった。
 だから、本当に親しくなる相手と言うのはほとんどいない。事実、この街でも一方的に知られていることもあるとは言え、ほとんどの住民と会話すらこなさない現状である。
 街の中に聳え立つ白鳥城――そこに住まう少女ホリー、そして観光案内の仕事をしていると言う少年アル。見たこともない城主、あとは寝泊りする宿屋の主人とその他少々の従業員。ヘルマがこの街で関わっている人間はこれで全部だと言えた。
 指で数えられる程度であることに少し苦笑するヘルマだが、実際それで良いと思っていた。余計な関わりは、下手に持つと足枷になってしまう。深い親交は、かえってその地に踏み止まらせてしまう。街から街へ、遺跡から遺跡への根無し草の旅人に、そんな『無駄』は必要ないのだから。
「――けましたわ〜!」
 だから、この街はある意味で居心地が良い。そこまで自分を思い止まらせるものが少ないからだ。いずれはこの街ともさよならをする時が来るのだし、その時はまた新しい遺跡を求めて世界を旅するだけだ――
「や〜っと、見つけましたわ〜!」
 ぴくん、と遠くから声が聴こえて耳が反応する。
 おかしい、とヘルマは思う。
 聴こえてきたその声は、どう考えても聞き覚えのある声で、
「ヘルマちゃ〜ん!」
 びたーん! と、目の前で自分に向かって走ってくる少女が、ものの見事に顔面から転んでいる光景を眺めながら、
 ――ヘルマはようやく、事の次第を理解していた。
「プ……プリンヴェールっ!? ちょっとアンタ、こんな所で何してんのよ!」
 そこにいたのは、ヘルマと同じく『魔女』と呼ばれる少女――プリンヴェール・シュガーであった。
「うぅっ……」
 プリンヴェールは転んで打ったおでこを片手でさすりながら立ち上がった。
「きょ、今日こそ! 貴女との因縁の決着を! 付けさせて戴きますわ〜っ!」
 転んだ際に乱れてしまった長い金髪を靡かせながら――少女、プリンヴェールは突然の宣戦布告を申し出ていた。
 唐突過ぎて、本来なら誰でも意味が解らないと思うだろう。だが、ヘルマとプリンヴェールの間ではこんな出来事など日常茶飯事、二人が出会えば出会うたびに起きる通過儀礼のようなものだった。
「そんな事はいいけど、プリン……アンタどうやってアタシの居場所を突き止めたのよ?」
「そ、そんな事、では有りませんわ〜! それに、この私に探せないものはございませんでしてよ〜!」
 金髪のロングに、橙色と茶色で飾られたお嬢様よろしく着飾ったその一見可愛らしい少女、プリンヴェールは、見た目とは裏腹に一般的には正体こそ知られない『銀の小さじ』の名を持つ『凄腕の探し手』として有名だった。彼女にかかれば探し出せないものなど存在しない、などとまで言われるほどの実力者で、とてもその外見や性格から彼女が本人だとは想像し難い。
「それもそうね……。はあ、せっかくゆっくりできると思ってたのに、アタシも厄介な奴に目をつけられてるものだわ」
 ヘルマとプリンヴェールは、その家柄もあってか幼い頃の友人――いわば幼馴染である。だが昔、とある事件がきっかけでプリンヴェールはヘルマを敵視するようになった。それ以来、ヘルマの元へ現れては何かと『因縁の決着』を付けたがるプリンヴェールなのである。
 実際、それはプリンヴェールが自分の実力をヘルマに認めて貰いたい一心で行っている行為でもあるのだが、ヘルマにとってそれがいい加減うざったいのであった。毎度と来る挑戦をのらりくらりと交わしたり適度に痛めつけたりすると、プリンヴェールは泣いて帰り、またやってくる。その繰り返しだった。
「今日こそヘルマちゃんをぎゃふんと言わせて……、って、あれ? ヘルマちゃん? ど、どこ行くの? ひ、人を置いて勝手にいなくなるなんて酷いですわ〜! ヘルマちゃんのバカバカバカ! お待ちなさ〜いっ!」
(……ああもう。しつこいわね、この子も)
 放ってどこかへ逃げてやろうと思ったヘルマだが、後ろで騒ぎ立てながら追いかけてくる少女の事を考えると、街中であることも考えてこれでは良い晒し者である。深く二度、三度と溜め息を吐いて、ヘルマは仕方なさそうに振り返った。
「はいはい解ったどこにもいかないわよ。仕方ないわね、ちょっとだけ付き合ってあげるから……。で、どうしたいのアンタは?」
「うふふっ。今日はお生憎様、操れるほどの魔物を用意できませんでしたの。それに街中で戦うなんて行儀が悪いですし……その、ほ、ほら……」
「……ほら? 何よ?」
「りょ、料理! お料理で勝負しますわよ!」
 言い掛けていた事を放置して、プリンヴェールは物凄く真剣な表情でヘルマにそう宣言した。
「プリンヴェール……アンタ、今日は遊びに来たわけ?」
「あ、遊びとは失礼なっ! 私にだってお料理が出来る事を見せてやりますわ〜っ!」
(……ああ、そう言えば)
 ヘルマは思い出した。
 少し前、今日のこの時のようにプリンヴェールが襲撃してきた日、やはりいつものように勝ったヘルマが言った一言――
「『料理も掃除も出来そうにない小娘が、アタシに勝てるとでも思ってるわけ?』……アンタ、あの時の言葉なんて根に持ってたりする?」
 ヘルマ個人的には、勝ったあとの最後の追い討ちで適当に言い放った言葉だったのだが、どうやらそれをプリンヴェールは新たな挑戦状だと受け止めたらしい。ようするに、料理が出来れば汚名を挽回出来る――なんて考えているのだろうか。
「っ……! そ、それは関係ありませんですわ!」
「ふーん。じゃあ、別に料理対決じゃなくてもいいわけね?」
「えっ、や、その……料理対決じゃないと駄目なの〜!」
「へーえ? なんで料理対決がいいのかしらー? 詳しく教えて欲しいわねえー?」
「うう……。ヘ、ヘルマちゃんのバカバカ!」
(ふう、そろそろこのぐらいにしておかないと。また泣き出すわね……)
 相変わらずこうなると弱いヘルマである。いつのもように適当に付き合ってさっさと終わらせよう、とヘルマは考える。
「……ジャンルは?」
「へ?」
 ぽかん、と今にも泣き出しそうな顔で目を丸くさせるプリンヴェール。
「料理対決って言っても、何を作るのかジャンルを決めた方が良いでしょう。ほら、それも考えてきてるんじゃないの?」
「ヘ、ヘルマちゃん……」
「何よ?」
「本当に、料理対決なんか引き受けてくださいますの……?」
 今更そう不審げな顔持ちで問うプリンヴェールに、ヘルマは、
「持ちかけて来たのはアンタでしょうが。それにアタシも魔女の端くれ、一度受けた勝負を捨てるなんて真似はしないわ」
「あ、ありがとうヘルマちゃ〜ん!」
「うわっ、ちょっと抱きつかないでよ!」
 余程勝負を受けて貰えたことが嬉しかったのだろうか、プリンヴェールはお構い無しにヘルマの胸元へとダイブしていた。それを邪魔そうにどけながら、ヘルマは何かおかしいことに気が付く。
(この子、いつもなら無理矢理にでも押し付けてくるくせに、今日は何故か奥手ね。そんなに料理対決がしたかったのかしら。でも、勝負を引き受けて喜ばれるなんて何だか気味が悪いわね……)
 最初こそ『因縁の決着』だとか言いながらやってきたプリンヴェールであるが、今となってはそんな雰囲気ではなくなっていた。ヘルマにも良く解らないが、今日のプリンヴェールは本当に遊びに来た一人の幼馴染のように振舞っていたのである。
「とにかく、ジャンルを教えなさいよジャンルを。先に言っとくけど、アタシ結構料理は得意――」
「お菓子です!」
「……は?」
「お菓子なら何でもオッケーですの。調理場所もすでに手配しておりますわ〜!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。それって料理対決って言うより――」
「ヘルマちゃんは黙って私の言う事に従っていれば良いのですわ〜! それに、一度引き受けた勝負は捨てないんですわよね〜?」
(……前言撤回。やっぱいつもの馬鹿プリンね)
 そうして、ヘルマはプリンヴェールに連れられて勝負の舞台へと案内されるのだった。

  ◆

 料理対決、もといお菓子作りの調理場所はひとつの菓子屋の奥にある調理場だった。
 プリンヴェールが今日の為に一日貸し切りにしたらしい。もちろん、店を一日休むのだからそれなりの支払いを済ませているはずである。そんな大胆な行為にヘルマは呆れながらも菓子作りに励む事にした。
 ――のだが、
「ちょっとプリン。ここにある材料、ほとんどチョコレートかケーキの生地ぐらいじゃない。お菓子作り、って言うかこれじゃチョコレートケーキ作りじゃないの?」
 菓子屋なのだからそれなりに材料は整っていると思っていたヘルマだったが、見てみればそこは一面のチョコレート尽くし。ケーキの生地があるのが唯一の救いだと言わんばかりである。
 だがやはりと言うかなんと言うか、
「私の提示した条件に従うと言ったのはヘルマちゃんですわ! いいから作るのです!」
 などと一点張りでまったく変更するつもりもないプリンヴェール。
(この子、まさかただ単にチョコレートケーキが食べたいだけじゃないのかしら……)
 ――なんて勘繰るヘルマであった。
 とは言え、今更逃げることも出来ないしそれはしたくないヘルマは、渋々ではあるものの、チョコレートケーキ作りをすることにした。隣で熱心に作業をするプリンヴェールもまた、同じくチョコレートケーキであった。
 そんな部屋の中は以外と暑く、冷房もきいているのか解らない。汗こそそこまで流れないが、こうして淡々と黙って作業を続けるこの状況には優しくなかった。店の中には彼女ら二人以外誰もいないし、外から中が見えるわけでもない為、二人は暑さを紛らわせる為にある程度の服装は剥いでいた。
 見るからに魔女らしい外見を見せていた豪奢な服装も、今では部屋の片隅にハンガーで掛けられていた。上着を失った彼女らは、見ればどこにでもいそうな普通の女の子二人組に見えないこともない。
 いつの間にか、集中する余りヘルマさえ菓子――もといチョコレートケーキ作りに夢中になっていた。こう言う事をするのも久しぶりだと言うこともあって、今では良い息抜き、気分転換になると開き直っている始末である。
 そんなこんなで完成目前まで時刻は迫り、そして――
「で……できましたわ〜!」
 プリンヴェールが、完成した自らの力作を手に歓喜の声を上げた。
「あら、アタシも今丁度出来上がったところよ。……ふーん、アンタにしては見た目は随分とマシな感じじゃない?」
 ヘルマもまた、自分の作り上げたケーキを手に不適な笑みを浮かべながらそう言った。
 口では褒めているようにも見えるが、実際ヘルマは負けるつもりなど毛頭なかった。菓子作りはそれなりに得意だったし、何より作るものがお互いに同じものとなれば、そこで実力の差が生まれて来るのは明白だからである。
 昔から料理の腕前はプリンヴェールを遥かに凌いでいたヘルマにとって、この勝負の勝利も、結果を見ずとも明らかである――ハズだった。
「そこまで言うなら、まずは私のケーキを食べていただけませんこと?」
 プリンヴェールは、今までとは見違えるほどの自信に満ちた表情でヘルマにそう告げた。さすがのヘルマでさえ、まさかここまで自信たっぷりに宣言されるとは思っていなかったのか、少しの警戒心を抱く。
(まさか、このプリンヴェールが……? いや、でも……まさか、題目をチョコレートケーキにしたのは……)
 あくまで自信満々なプリンヴェールの微笑みを見つめながら、ヘルマは思う。
(プリンヴェールにとって、このチョコレートケーキ、って言う題材が得意だから?)
 まさか、とは思う。
 だが、有り得ない話ではない。こうして多種多様な菓子が世に存在する中、チョコレートケーキという題目だけを選んだ理由。そしてこの自信。見た目だけなら自分のチョコレートケーキと同じ――いや、むしろ上を行くかもしれない完成度。
 味はまだ解らないものの、当然味見だってするはずである。その上でのこの自信は、プリンヴェールにとって得意である数少ない料理だからとは言えないだろうか。
「さあ、ヘルマちゃん。一口、お食べになってくださいな」
(……む、臆してどうするヘルマ。アタシがかつて、この子に負けたことが一度でもあったのか。そう、プリンは所詮馬鹿プリン――)
 ぱく、と、フォークですくったケーキを一口。
 ヘルマはその瞬間、不覚にも目から涙を流してしまっていた。
「ヘ、ヘルマちゃん!? そ、そんなにおいしかった!?」
「……しょっぱい」
「……へ?」
「なんでチョコレートケーキがこんなに塩っぽいのよーっ!!」
 そう、何故だかプリンヴェールのケーキは甘くなかった。どこからどう見てもどう食べてもしょっぱかったのである。
「アンタね、まさか砂糖の代わりに塩入れたりしなかった!?」
「えっ、えっ? 私はこの……って、ああ〜!」
 プリンヴェールが砂糖と間違えてケーキに入れていたのは――言うまでも無く、塩だった。
(こ、この子は……なんてベタなドジをしてくれるのよ……)
「せ、せっかく作ったのにぃ〜……」
 ぺたん、と悲愴な面向きで床に膝を付くプリンヴェール。手に持っていたチョコレートケーキ(塩入り)は、手から落ちてしまったのか、ぐしゃぐしゃになって床に飛び散っていた。
「この馬鹿プリン……。って言うか味見くらいしないかしら、普通……」
「だ、だってぇ〜。最初に食べさせてあげるのは、ヘルマちゃんだって、決めてたから……」
 だからといって味見をしないのは相手にとって失礼だと言うものだが、今のプリンヴェールにそんな理屈は通用しないようだった。俯きながら落ち込みを隠せない彼女に、ヘルマはいつもはあまり感じない同情のような感情を少しだけ抱いた。
「……ったく、アンタはいっつもドジばっか踏んで。それで迷惑するのはアタシなんだからね」
「ううっ。頑張って練習したのにぃ……ひっく」
「練習……って、アンタやっぱり……」
 ヘルマの想像通り――とまではいかないが、今日この日の為にプリンヴェールがひそかにチョコレートケーキ作りの練習をしていたと言う事実は明らかになった。
「でも、なんでチョコレートケーキなのよ? 別にお菓子じゃなくても、他にだって」
「……ヘルマちゃん、今日、何月何日?」
「え? えっと……二月十四日だったかしら。それが何?」
「とある島国で、今日この日に、慕っている相手に女の子がチョコレートを贈るって習慣があるって聞いたんですの。それで、ヘルマちゃんに……」
 それは多分バレンタインデーと言うものではないだろうか、とヘルマは思い出す。
 確か、女性が思いを寄せる男性に、告白紛いにチョコレートを送って気持ちを伝える――と言う、主に東洋の島国の習慣だったと記憶している。
 だが、それは少し歪んだ情報としてプリンヴェールの元へ届いていたらしい。バレンタインデーとはあくまで好きな男性に対してチョコレートを送るものであり、ヘルマはまったくの女性だったのだから。
「アンタ……そんなことの為に、わざわざこんな場所まで用意して、アタシに料理対決もといお菓子作りを持ちかけたの?」
「そ、そんなことじゃありませんわ〜! うう、ヘルマちゃんのバカバカバカぁ!」
「……まったく、困ったもんよね。アンタの奇天烈っぷりには」
「ひどい……私は、ヘルマちゃんのことを思って……」
 プリンヴェールが一人嘆いている途中、ヘルマは自分のケーキをテーブルに置くと、そのままプリンヴェールの散乱したケーキを片付け出した。
「ヘ、ヘルマちゃん……?」
「……ほら、いつまでこうしてるつもりなのよ。みすぼらしいわね。一緒に片付けてあげるから、アンタも手伝いなさい」
「う、うん……」
 素手で一通り皿の上にケーキの残骸を戻し終えると、ヘルマはふう、と一息。
 涙目で片付けを続けるプリンヴェールを見ながら、
「って言うか、失敗したならやり直せばいいだけの話じゃない。都合よく今日は一日貸し切りなんだし、別に悔やむ事はないわ」
「……ヘルマちゃん?」
「ほら、今日はアンタが練習してきた成果をアタシに見せ付けるまで付き合ってあげるから。とりあえずその泣き顔なんとかしなさい」
 我ながら少し甘過ぎたセリフかな、とも思うヘルマだったが、
「ヘ、ヘルマちゃん大好き〜っ!」
「うわっ!? だから飛びつかないでよ、あとちゃんと手洗いなさいこの馬鹿プリンっ!」
 まあ、今日くらいは大目に見てあげてもいいかな――なんて思うのだった。
(……はあ。甘やかすのは、あまり性に合わないんだけど――)
 一見、決して交じり合う事のないように砂糖と塩でも、ちょっとした工夫や調整で混ざり合い、素晴らしい味を作り上げることだって出来る。
 ――そう。難しいのは、ほんの少しのさじ加減。