魔法使いは月に照らされて/第三章


そんなので立ち向かうなんて、ただの無謀だわ。



  第三章/それぞれの覚悟


 放課後。
 俺は部活なんてものに入っていないので、毎日のように帰宅部である。仲の良い友人達はほとんどが部活に入ってる現状、いつものごとく俺は一人寂しく下校する、はずなのだが。
「帰るわよー、お・に・い・さ・ま?」
 ……こいつがいるのを忘れていた。
「なんだそれ気持ち悪い、お兄ちゃんの次はお兄様かよ。お前、意外とマニアックだろ」
「あ、お前って言った。お前禁止!」
「じゃあ俺からも言わせてもらおう、普通に呼べ」
「なによ、ちょっとからかってみただけじゃない。つれないわねえ。なによ、それじゃあわたしになんて呼んで欲しいわけ?」
 それは何度も言ってるような気がしないでもないが、まあいい。この際はっきりとさせてやる。
「昴だ。名前で呼べよ、呼び捨てでいいから。はっきり言って、お前に兄呼ばわりされるのは背筋が凍る」
「そそるの間違いじゃなくて?」ルナはにやつきながら、「ま、別に貴方の呼び方なんてどうでもいいんだけどさ、一応体裁上ではわたしの兄ってことになってるんだし、そう呼んだほうが違和感がないと思っただけよ。ふうん、それにしても名前で呼べだなんて、貴方もしかしてわたしに気があるの?」
「ぶは!? な、なんでそっち方面に話が進むんだよこのマセガキ! それに、名前で呼べって言ったのはお前もだろ」
「あーもう、さっきからお前お前って言わないでよね。別に名前で呼んでほしいわけじゃなくて、お前って言われるのがほんっと嫌いなだけなんだから。別にお前って呼ばないならなんて呼んでくれてもいいんだし」
 そこまで嫌悪するのは何か事情があるのだろうか、と少し思ったが、こいつの事に関して深く考えても意味がない気がした俺はすぐに思考を停止させた。俺の場合他人を呼ぶときは基本的に苗字を使うんだが、こいつは俺と同じ月城の姓を名乗っているからかそっちでは呼び辛い。まあ、今まで通り名前で呼べばいいんだろうけど。
「わかったわかった、悪かったよ。俺もちゃんと呼ぶから、お前もそれなりに恥ずかしくない呼び方でよろしく」
「うーん、じゃあ兄貴?」
「……似合わんからやめれ」
「それじゃ兄くん」
「一部にしか解らん呼び方をするな、つーか兄呼ばわりはやめてくれないのね……」
「もちろんよ。こういう妹キャラってのは大事なんだから」
 キャラかよキャラですか、やっぱこいつ隠れマニアとかじゃないだろうな。
「ま、安定を取って初心に戻るってことで兄さんって呼ぶわ。名前入れてほしいなら昴兄さんね。ほらほら、早く帰るわよ昴兄さん」
「はいはい、解ったよ」
 椅子から重い腰を上げて、机の上に横たわって置かれている鞄を右手で取って、俺はルナと共に教室を後にする。
 扉を抜けて廊下に出ると、何やら見知った顔が立っていた。
「あ、昴やっと出てきた! 瑠奈も一緒? ちょうどよかった、今日部活休みだから今から帰るところなんだけど、三人で一緒に帰らない?」
 朝雛紅憐がそこにいた。
「お、紅憐珍しいな。つーか、もしかしてそこでずっと待ってたのか?」
「へ? ああ、うんそうだけど。あんた昼休みにあたしに言ったじゃない、ちょっと騒ぎすぎだって。一応これでもあれから反省したんだからね。クラスの人達に迷惑がないようにって外で待ってた」
 いや、別に騒がずに俺を呼べばいいだろうに。そう言う所はなんていうか健気なやつである。
「ね、瑠奈も一緒に帰るんでしょ? 三人で帰ろうよ!」
「ええ、わたしは全然構わないわ。なんていったって久しぶりに会うんだもの、色々とお話もしたかったし」
「じゃあ決まり、ほら行くわよ昴!」
 俺の意思は無視かよ。まあ、別段断る理由なんてないんだけどさ。

  ◆

 帰り道、いつものように見慣れた風景を眺め歩く俺――と、イレギュラーが二名ほど。
 俺はというと、先頭を賑やかに会話を弾ませながら歩く二人の少女の背中を見つめながら、いまいち会話に入り込めない異様な空気って言うか雰囲気に押されていたりする。
 あれだ、女の子同士の会話ってなんか男じゃ入り込めない壁みたいなもの、感じないだろうか? 少なくとも俺は感じる派だ。
 ふと会話の内容が聞こえてきた。ルナだった。
「ね、紅憐は魔法使いっていると思う?」
 おいおい、どんな話題をしているのかと思ったらいきなりネタバレか?
 紅憐が答える。
「ううん、どうだろ。あたしはあんまりそう言うのって信じてないかも。冷めてるって思われちゃうかもだけど、魔法とかそういうのってあくまで物語とか架空の存在だと思ってるからさ。ルナは信じてたりするの?」
 ふむ、まあ普通はそういう反応だろうな。幼馴染が平常で良かった。
 ルナが答える。
「わたしが信じてるか信じてないかは置いておいて、実際にこの世に魔法使いって言うのがいても、それは別に不思議なことじゃないとは思えないかしら。たとえば、手品師《マジシャン》って居るよね」
「うん」
「手品って、はたから見てると凄く不可思議で、意味不明で、一体全体どうなってるのか解らないでしょ? 特に有名な手品師《マジシャン》となるとなおさらね。そう言った手品と、わたしが言う魔法って何処が違うんだと思う? 何も違わないように見えない?」
「つまり、瑠奈は手品が魔法だって言いたいの?」
「うーん、それはちょっと違うかな。手品って、見た目だけなら普通の人にはどういう仕組みなのかわかんないじゃない。むしろわかってしまうと面白くない。だからこその手品であって、それは実際に行われている。目の前で現実として有り得ている。目に見えない仕掛けがあって手品って言うのは完成されるわけ。わたしが思うのは、魔法だって結局同じものなんじゃないかしら、ってことなの」
 自称魔法使いでありながら、魔法とは存在するのか否かだなんて話題をしてどうするつもりだろうか。いや、相手が紅憐だからこそそういった話題になってしまっているのかも知れないが。
 紅憐は言う。
「なるほど。ようするに、魔法だって手品と同じで本当は目に見えない仕掛けがあるってこと? それはそれで、ちょっと夢が壊れちゃうような気もするけど」
「うん、確かにそうよね。でも、わたしはそうなんじゃないかと思う。ここでもう一度、さっきの問いを反復するけど――紅憐は、手品と魔法の違いは何処だと思うかしら?」
「簡単だよ」紅憐は予想を裏切るような清々しい声で、「その存在が現実として知られているか、そうでないかじゃない? 手品って普通にテレビとかつければやってるけど、魔法はまったくやってない。誰も見たことがない、だからこそ誰も信じていない。そこが手品と魔法の違うところじゃないのかな?」
「御明察」ルナは少し嬉しそうに、「そう、魔法なんて存在は世の中じゃ非現実《オカルト》扱い。実際に見た人はいないし、空想の世界の産物だという認識が一般常識。でもよく考えてみて。それなら、どうして魔法という言葉はこんなにも広まっているのかしら。現実に存在しないと思われているのにもかかわらず、魔法って言葉や知識、存在は広く認識されている。例え非現実《オカルト》扱いなのだとしても、それを知らないって人のほうが珍しいくらいに浸透しているわ。何故だと思う? わたしはこう考える。『魔法使いは実在する、もしくはしていた。だからこそ魔法という言葉はこうして広まった』のだ、ってね」
「難しいね……。でも、確かに無から有は作り出されない。魔法って言葉がここまで広がったのは、その存在が実在していたから、か。うん、良い考えだとあたしは思うよ」
 なんだこれ、いつの間にか紅憐がルナの話に犯されてないか。まさか例の魔法とやらを使ってるんじゃないだろうな。そうする理由が見当たらないから、使ってないとは思うんだが。
 ルナは言う。
「うん、ここでわたしはさらに考える。それならどうして、手品のように世の中に公表されないのか。現実に存在しているのならば、何か理由があって世間一般の目に触れられないような事情があるんじゃないか、って」
「それは、今現在の話? だとするとそれは微妙だよ、瑠奈。だって、魔法がもし存在していたのだとしても、今現在まだ存在しているのかは解らないじゃん。確かめようもないしね。あたしはこう考えるな。『魔法は実在していたけれど、その力があまりにも非現実的だったため誰にも認められなかった。だから廃れた』んじゃないかな、って」
 あれ、紅憐ってこんなキャラだったか? 確かに成績良いのは知ってるけど。ちなみにどれくらい良いのかというとざっと俺の二倍は軽く取れる女だ。くそ、忌々しい。
 紅憐が続ける。
「本当にあったのかはあたしには確かめようがないし、証明しようもないからはっきりとは言えないけどさ。きっと昔、大分昔に誰かが魔法を発明して、したのはいいけど迫害されちゃって、そのまま言葉や存在だけが非現実的なものとして伝わってしまった。結局その存在は認められずに魔法はなくなった。ううん、今も残っているのかもしれないけれど、やっぱり誰も信じない程度のものでしかないんじゃないかな。きっと魔法は誰にも解らない、科学では説明のできないような力なんだと思う。だからこそ信用されないし、認められなかった。人間って、説明のつかないものは大抵信じないからね。だからきっと、実在していたとしても世間に認められないものだっていうのは変わらないと思う」
「ふうん、なるほどね。それが紅憐の考えってわけか。……うん、すごく真理をついていると思うよ。正直少し驚いたわ。てっきり頭ごなしに馬鹿にされるんじゃないかと思ってたから。ここまで真面目な返答がくるとは思ってなかった」
「あたし、こう見えて実は結構こういう話って好きだからね。普段どんな服を着るのだとか、何をして遊ぶのだとか、携帯の新機種がどうだのだとか――そういう普通すぎてつまらない話より百倍面白いし、話し合う価値があるしさ」
 ふむ、俺としては有り得ないものの話をしても意味があるように思えないのだが、そこはそれぞれの価値観といった所だろうか。ルナは事実有り得るものなのだと確信している上であえて話しているわけだし。
 ルナが、珍しく笑いながら呟く。
「うふふっ。わたし、紅憐とはすごく気が合いそう」
「うん、あたしもそう思ってた」
 なんだかんだで、今日たった一日で二人はそれなりに仲良くなってしまったようだ。
 例え、きっかけがルナの魔法――あの洗脳で催眠術で超能力のやつだ――によってもたらされた、偽りの関係だったのだとしても。

  ◆

 紅憐とは自宅であるマンションへ向かう途中の交差路で別れた。
 さらにその途中にあるコンビニエンスストアに寄った俺とルナは、今晩のおかずを買うことにした。もちろん割り勘で。ルナ曰く「妹なんだから奢ってくれてもいいじゃない」とのことだが、お生憎様、俺にそこまでの資金力はない。丁重にお断りさせて頂いた。
 そんなこんなで、俺とルナは自宅のマンションへと帰宅した。
 一階の入り口にはオートロックが掛けられている扉があり、特定のパスコードを入力しなければ中に入れない仕組みになっている。さらには至る所に監視カメラがあり、なんとも厳重な警備体制である。
 俺はロックを解除するために、パスコードを入力しようとして、
「……あれ?」
 ふと、ひとつの疑問の壁にぶちあたった。
「なあルナ、昨日って俺がルナを中に入れたのか?」
「え? 違うけど。昨日はわたしが勝手に夜中に入ったのよ。それがどうしたの?」
 いやいや、どう見てもおかしい部分が目の前にあるでしょうよ、ほら。
「どうやって中に入った? ここ扉にロックが掛けられてて、パスコード入力しないと中に入れない仕組みになってるんだが」
「ああ、そんなの簡単じゃない」ルナは面倒くさそうに呟いて、「このマンション周辺で入り口付近を監視しておいて、誰か住人が入り口付近に近づいたら一緒に中に入ればいいだけじゃないの。住人一人がこのマンションに住んでる住人全員を把握しているとは到底思えないし、どう考えても怪しまれたりはしないしね。それだけの事」
 なるほど、聞く限り特別おかしなことはやっていないようだった。ルナのことだ、魔法やらを使って壁をすり抜けるだとか、窓の近くまでジャンプするだとか、扉を壊して中に入って修復しなおすとか、そういった突拍子もないことをやらかしていないかと少し心配になってしまった。
 まあよく考えればここには監視カメラもある。映像記録に残るような場所でそういった行為を行わないのは当たり前と言うべきだろう。
「それならいいんだけどさ。……実際問題、本当にいいのかどうかはこの際おいといて」
 そう呟きながら扉のロックを解除して、マンションの中へと入る。
 いつ見ても豪華で豪奢なマンションである。とても俺のような平凡で貧乏な高校生が一人で住めるような場所とは思えないだろう。事実、これで二度目にも関わらず辺りを見回してはもの珍しそうな様子でルナが突っ立っていた。
「それにしても意外っていうか。貴方、よくこんなところに住んでるわよね。しかも一人暮らしだなんて、少し贅沢すぎやしないかしら。さっきのコンビニでの件を踏まえて見るとすごく不思議なんだけど。なに、お金持ちの親でもいるわけ?」
「悪かったな、ケチくさい貧乏学生で」俺は皮肉交じりに悪態をついて、「ここは元々家族で暮らしてたんだよ。確か一年と少し前かな、両親が死んでさ」
「……え?」
「交通事故だった。ありきたりだろ? ありきたりすぎて笑えてくるよな。なんつーか、まあそんな事があって俺は天涯孤独の身、ポジティヴに言い換えれば自由気ままな一人暮らしを送ることになったわけでさ。俺の部屋は両親が買い取ったもので、それをそのまま相続したから家賃もいらねーし、毎日の食い扶持くらいは少しのバイトで稼げる。ま、だからあんま余裕ないんだけどさ。そんな複雑そうでそうでもない事情があるってわけ」
「……」
 何故かルナは黙り込んでいた。
 おいおい、まさか今の話で気に障ったのか? 別にルナが気にするようなことは何もない、と言うより関係のない話なんだから他人事のように聞いてくれるのかと思ったんだが。
「ルナ? なんだよ黙り込んで。なんか気に障ったか?」
 沈黙の中、エレベーターが到着した。扉が開く。ルナは無言でその中へと入っていく。
「お、おい。待てよ」
 俺もその後を追うように、エレベーター内部へと脚を踏み入れる。瞬間、閉まる扉。動き出す機械の箱。唸る駆動音が静寂を包み込む。
 ふと、ルナの口が開く。
「……そっか、死んじゃったんだ」
 顔を伏せて、ルナは呟いた。
 まさか、俺の両親が死んだってことを気にしているのか?
「ああまあ、そうだけどさ。別にもう俺は気にして……」
 そこまで言いかけた時だった。
 瞬間、信じられない出来事が起こった。いや、これは有り得ない光景だと言ってもいい。
「ちょ、おいルナ――」

 ルナが、俺の胸元に飛びつくようにして顔を埋めたのである。

 おいおいちょっと待て、これはいくらルナでもさすがにまずいものが……ッ!
「……ごめん」
 ふと、何かが聞こえた。ルナの声だった。
「ごめんね。わたし、何も知らないで……家族ごっこだなんて、勝手に他人の領域を踏みにじるようなこと、しちゃった」
 ルナはまるで懺悔するかのように呟いて、俺の胸元から離れなかった。
 沈黙の中、ただエレベーターの駆動音だけがしばらく続いていた。

  ◆

 あのエレベーターの一件の後、ルナの態度は一変して酷いものだった。
「勘違いしないでよね、別に貴方に心を許したとかそんな意味だったんじゃないんだから。なによあれ、背中に手なんか回さないでよね気持ち悪い。わたしにだって色々あったっていうか、それだけなんだから。そこんとこほんと誤解しないで欲しいわね」
 エレベーターから降りて、そそくさと俺の部屋へと入り込んだと思いきや第一声がそれである。天と地ほどの差とはこういうのを言うのだろうか。まあ、照れ隠しみたいで可愛いと思わなくもないんだけど。
「あー、はいはい。解った、解ったから。忘れてやるからもういいだろ?」
「別に忘れろって言うわけじゃないけど」ルナは少し気恥ずかしそうに、「わたしだって、一応悪いことをしたなって思ってるのよ。それは認めるわよ、うん。事情も知らずに軽率な行動をとってしまったのは謝るわ。妹っていうのは駄目だったわね……他に何か、もっといい方法を考えないと……」
 何やら気にしなくていいことをルナは気にしているようで、俺としてはどうしてそこまで固執するのか解らないけれど、ルナにはルナの事情がありそうだ。無駄に余計に詮索するのは野暮ってもんだろう。その点に関してはあえて何も言わないでおくとする。
「別に。いいんじゃねえか」
 だけどひとつだけ。たったひとつ、俺は言わなければならない。
「……え? 何が、いいのよ」
「いいだろ、別にさ。家族ごっこ? それがどうした、大いに歓迎だって言ってるんだよ。この話を持ちかけてきたのはルナだけどな、それを認めたのは誰だ? 俺だろうが。確かにルナの魔法とやらで俺が洗脳されちまって、そうした上でこんなことになっているとするならそりゃルナに落ち度ってもんが生まれてくるかも知れない。でも、違うだろ。ルナの魔法は俺には効いていないんだから。その上で、効いていない上でこうなることを望んだのは誰だ。俺だって言ってんだよ。勝手に解釈して一人で考え込むな、俺は別にルナの言いなりになってるわけじゃない。自分の意思でこうしてるんだ」
 確かに、少しは流れに乗ってしまった部分もあるだろう。ああ、それは認めてやる。
 だけどそれがなんだ? 結局俺はルナがいるこの現実を認めた。いてもいいと思った。思えた。思ってる。そう、今でもだ。それは決して変わらない。何故かなんて知るもんか、そう決めたんだから男に二言はない。
「なに、それ。なんで……そんな風に言えるの」
 ルナは顔を伏せ、呟いた。
「なんでもクソもあるか。それが事実で真実で現実だって、ただそれだけのことだろ? 勝手に自分で思い込んでんじゃねえよ、このばか」
「ばっ……」ルナは急に顔を真っ赤にして、「ばかとは何よっ、わたしはこれでも真面目に考えてるのに! 昨日だって本当は嫌だった、何の関係もない貴方をただ自分勝手な都合で巻き込んでしまったことが! だから悩んだ、苦悩した、苦渋した! それで選び出した結論がこれなのよ。これしか思いつかなかったからこうなった、ただそれだけ! それだけなのに……それも間違いだった。わたしは駄目だったのよ、間違ってたんだから。それを自分で気付いて、後悔して……それなのに、どうして貴方はそうも簡単に、いとも容易く、あっさりばっさりと切り捨てられるの? どうして……そんな風に、してくれるの?」
 しなだれるかのように、ルナは床に膝をついた。
「……ルナに何があったのかは知らねえよ。そっちの事情は聞いたこともないから俺には何て言えばいいのか解らない。家族とか、そういうのに固執する理由ってのも解らないしな。だけど、これだけは言える。ルナは何も悪くないだろ。昨日俺がその戦いとやらを見てしまったのだって、半分以上は俺のせいなんだから。全てが全て自分のせいだとか思うな。それにさっきも言っただろ。俺は自分で決めたんだ、ルナが妹だってことに何の不満もねえよ。正直にぶっちゃけてやれば一人寂しいところにルナみたいな可愛い妹ができて嬉しいって気持ちも多少はあるんだよ。ルナと一緒にいて、こういうのも悪くねえなって思えてんだよ、悪いか? それのどこが悪い。悪くねえよな。何が悪いってんだよ?」
「……、ばか」ルナは両手を握り締めながら、地面に向かって呟く。「なによ、それじゃこんなに悩んでたわたしが、本当のばかみたいじゃない」
「ああ、違いない。だからばかって言ったんだよ、ほら」
 そう言って、俺は右手を差し出した。
 別に何の意味もない、ただ手を貸してやろうと思っただけの行為。
「……そうね、今回はわたしの負け。敗北よ、惨敗だわ。……うん、認めてあげる」
「はっ、なんだよらしくない。俺の妹なんだっつーんならもっと気丈でいろよ。泣いたり悲しんだり、そんなのルナにはまったく似合わないぜ。それぐらいの覚悟、あるんだろ?」
 我ながらちょっとばかりくさい台詞かなとも思ったが、それでもいい。
 ルナは俺を見上げながら、その手で俺の右手を握った。力を入れて、俺は彼女を引き上げるように立ち上がらせた。
「うん。……ありがと」
 まだ涙が残る瞳を少し赤く腫らせながら、しかし今までに見たことのないぐらいの笑顔でルナはそう答えた。一瞬だけ、本当に一瞬だけだけれど、俺はそんなルナの姿に見惚れていた。
「でも」
 ふと、ルナが何かを呟いた。
 ルナは繋いでいた俺の手を離すと、今度は不敵な笑みを浮かべながら、宣言した。

「次は負けないわ。覚悟しなさい、今度はわたしが貴方に泣き面かかせてやるんだから」